2019年11月17日

「ゆき」

ユリ・シュルヴィッツの絵本「ゆき」

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はしがきにはこう書かれている。

 雪が積もりゆく街の風景と
 雪を愛でる男の子の気持ちを
 みごとに描いた
 つめたく温かな雪の日のお話

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灰色の空から雪がひとひら舞い降りてきた。
「ゆきがふってるよ」と男の子が言う。
でも大人たちは、「これっぽっちじゃふってるとはいえない」「どうってことはない」「すぐとけるわ」などと、つまらなそう。

ラジオもテレビも、「ゆきは、ふらないでしょう」と言っている。
でも雪はどんどん降ってきて、やがて街じゅうが真っ白になる。

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この絵本の言葉はとても少ないが、よく見ると深い。

 ゆきは ラジオを ききません
 ゆきは テレビも、みません

 ゆきは ただ 
 はいいろのそらから まいおりるだけ

街を行く大人たちは、雪を見ずに、ラジオやテレビの言うことを信じる。
雪の最初のひとひらから、踊ったり回ったりしながら降り、あたりがしだいに白くなっていくようすを喜びながら見ているのは男の子だけ。
「わーい、ゆきだよ!」

こうしてまた冬の絵本を紹介できる季節になった。
わーい、ゆきだ♪
  
posted by Sachiko at 22:10 | Comment(2) | 絵本
2019年11月15日

雪が降る

一日中雪が降り続いていた。
家も道路も木々も真っ白に覆いつくされるとき、これほど美しい景色があるだろうかと思う。

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降る雪を見ていると時間を忘れる。というより、時間という枠の外に出るような気がする。

人が住んでいる場所で、雪に覆われ氷点下になるほんとうの冬がある地域はそう多くはない。
空から白い雪が降るという奇跡....
  
posted by Sachiko at 22:07 | Comment(2) | 自然
2019年11月14日

1+1の不思議

『エンデの文明砂漠』(ミヒャエル・エンデ)の中に、面白い話が載っていた。

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・・・ある日、学校で1+1が2だと教わったとき、当時私は立ち上がり、先生に尋ねました。
「どうしてですか。1+1はいつまでたっても1+1のはずなのに、どうしてそれが2になるのでしょうか。」
先生は私の言っていることがまるでわからなかったのです。
でも、今でもそのことが驚きです。

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幼いエンデ少年の問いを瞬時に理解し、適切に答えられる人がどれくらいいるのかわからない。
1+1は何か。どこでそれが一瞬にして2になるのか...

もうひとつこんな話も載っている。
これは日本の話だが、ある幼稚園児が目を覚まして「お母さん、今、今日?」と聞き、お母さんがいつも「そうですよ」と答えていたら、「いくら眠っても、明日にならないで今日ばっかり」と言った、という話だ。

この話からは、「鏡の国のアリス」に出てくる、チェスの女王とアリスの会話を思い出す。

女 王:「一日おきにジャムをあげる」
アリス:「ありがとう、でも今日のところはほしくないんです」
女 王:「だれが今日あげると言った?昨日のジャムと明日のジャムはあるけど、今日のジャムはないんだよ」


1+1の話では、私も似たような疑問を持っていた。

A.棒が1本ある。もう1本持ってくると、2本になる。
B.棒が1本ある。これを真ん中から折ると、2本になる。

もう1本持ってきて合わせても、2つ。
1本を分離させても、2つ。
んん....?

C.棒がバラバラに散らばっていたとする。それぞれは、ひとつ。
D.バラバラの棒をまとめて塊にするとき、「ひとつにする」と言う。
んん....?

バラバラのものは、ひとつ。まとまった全体も、ひとつ.....
これは数の問題か、それとも言葉の問題か....

「1」は個であり、全体でもある....
アートマンとブラフマン...ということにもつながっている?

...こんなあやしげなことばかり考えていると、この世でまっとうに生きていくのに支障が出るかもしれないので、よいおとなはマネしませんように....
  
posted by Sachiko at 21:43 | Comment(2) | 未分類
2019年11月13日

アクア・アルタ

ヴェネツィアが高潮(アクア・アルタ)で水没しかけているというニュースを聞いた。冬場の高潮は毎年のことだと思うが、今回は特に大きいらしい。

アドリア海に浮かぶ美しい都市の水没の危機についてはずいぶん昔から言われていた。

迷路どころではないほど入り組んだ街並みは、角ごとに『サンマルコ広場⇒』というように、目的地と矢印が書かれたプレートが付いているので何とか歩くことができる。

地図を持っていても全く役に立たないし、私などはあのプレートがなければ、迷い込んだら一生出られないかもしれない....

今は観光都市になっているが、最初から観光目的でできたわけではなかったはずだ。
そのあたりの話は塩野七生さんの本などに詳しく書かれているのだろうが、私は読んだことがない。

ヴェネツィアに限らず、美しい古い都市は、現代とは全く違った有機的な土壌から生えてきたもののように感じる。


アクア・アルタと聞いて真っ先に思い出すのは、実は別のことだ。
モーリス・ベジャールの短いバレエ作品「アクア・アルタ」でジョルジュ・ドンが踊る姿は、「ベジャール・インプレッションズ」というDVDの中にほんの一部分が収録されているのだが、フルバージョンがあった。




これは1970年代の作品で、1960年代から70年代にかけては、二十世紀バレエ団の活気ある隆盛期だったのだろうと思う。

私がその舞台を観るようになったのはずっと後で、バレエ団はローザンヌに移り、名前も変わっていた。
ある時期からは頻繁に日本公演があり、ジョルジュ・ドンの「アダージェット」や「ボレロ」などを生で観ることができたのはラッキーだった。

ある年の札幌公演が、彼の日本での最後の舞台になった。またすぐ来るのだろうと思っていたら、翌年逝ってしまったのだ。

あれほどの天才はもう現れないだろうと思い、私はしだいに他の舞台も観なくなったまま時が経って今に至る。
今日は少しいつもと違う話になった。

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posted by Sachiko at 22:40 | Comment(0) | 未分類