2022年12月31日

大晦日の風習

北海道では、大晦日の夕食におせちを食べる。
昔からの習慣らしく、子どもの頃もそうだった。

これが本州では不思議がられているらしい。
(ちなみに北海道人が「本州」という時には、ざっくりと四国九州も含む。つまり津軽海峡の向こう側という意味だ。では沖縄はと言われると...遠すぎて意識が向いていないかもしれない。)

なぜ大晦日に食べるのか...
私は単に、北海道的いい加減さで「おせち、もうできてるんだから、食うべ」という感じで食べてしまったのだと思っていた。


しかしこれにはもう少し深い意味があったらしいという説を最近知った。
日没を一日の始まりと見なす考えがあり、そうすると大晦日の夜はすでに新年なのだ。なるほど....

日没から一日が始まるという文化圏はけっこうある。
古代日本はそうだったらしく、イスラム圏もそうらしい。

クリスマス・イブとかハロウィン(万聖節のイブ)などの「イブ」も、日没から一日が始まるのなら、単なる前夜祭ではなく、すでにその祝祭の日が始まっていることになる。
なぜ本祭よりも前夜祭のほうが盛んなのか?という謎も、これで解決する。

でもこんな話は一般には出回っていないし、多くの人はそんなことを考えて大晦日におせちを食べているわけではないと思う。
「まぁいいんでないかい、食うべ」

それでいいのだ。よいお年を♪
  
posted by Sachiko at 14:07 | Comment(0) | 季節・行事
2022年12月25日

今日から12聖夜

今日から12聖夜だけれど、今年は毎日の更新ができそうもないm(_ _)m

『Die Zwölf Heiligen Nächte und die Geistigen Hierarchien(十二聖夜と霊的ヒエラルキー)』(セルゲイ・プロコフィエフ著)という本を紹介しようと思っていたのに、全く訳が進まなかったm(_ _)m。

魚座から牡羊座まで黄道12宮を巡る旅の、最初の章しかできていないので今年は諦めた。

ともかく本がなくても、12聖夜は重要だ。
特に慌ただしい日本の年末年始の中で、暦の間隙だという12夜は、まだ秘教の静けさに属している。

おさらいしてみる。
25日は1翌年1月、26日は翌年2月...と、12夜は次の1年に対応している。

人間イエスの誕生(クリスマス)から、イエスの中でのキリストの誕生(エピファニー)までの、人間にとっては上昇、神にとっては下降の、ふたつの流れ。

原初の人間の領域であった魚座から、キリストが地上に降りる時の門であった牡羊座へと巡る旅。
これも同時に、牡羊座の門を通って魚座の人間領域に至る流れでもある。

時間が空間に変わる12聖夜、夢に注意を払いながら、この特別な次元を今年も旅したいと思う。

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posted by Sachiko at 22:44 | Comment(6) | クリスマス
2022年12月17日

「水晶」

オーストリアの作家アーダルベルト・シュティフターの「水晶」、山あいのクリスマスの物語。

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あらすじ

谷間に、クシャイトという小さな村があった。
山のあいだの峠は「くび」と呼ばれ、くびの向こう側の谷にはミルスドルフという立派な町があった。

どちらの人々も昔ながらのしきたりを守って生きていたが、互いに人が行き来することはほとんどなかった。

クシャイトの靴つくり師は、ミルスドルフの染め物師の娘を見そめて村に連れ帰った。娘は靴師の妻になってからも、村人たちからはよそ者と見なされていた。

夫婦に男の子と女の子が生まれ、男の子が大きくなると、妹を連れて子供たちだけで「くび」を超えて祖母を訪ねることも許された。

子供たちもまたクシャイトではよそ者扱いだった。兄の名はコンラート、妹はザンナと呼ばれていた。

ある年のクリスマスの前日、天気がいいので兄妹はミルスドルフを訪ねた。
祖母は子供たちにパンやいろいろなものを持たせ、母親へのお土産には濃く淹れたコービーのビンを渡した。

日が暮れて寒くなる前に、子供たちは帰り着かなければならなかった。
やがて降り始めた雪は、「くび」を超える頃にはますます激しくなった。

二人はクシャイトに降りる下り道をみつけられないまま、知らずに山を上っていった。
すっかり夜になり、眠りそうなザンナに、兄はコーヒーを飲ませた。濃いコーヒーは効き目を現した。

夜が明け、また歩き始めた二人は、クシャイトの人々がやってくるのを見つけた。子供たちは助かった。

その夜村人たちは酒場に集まり、それぞれのはたらきや見聞きしたことを話した。
この事件はその後いつまでも村の語り草になった。
兄妹は、この日からほんとうに村の子どもと見なされ、子供たちの母親も村人となった。

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80ページ足らずの短い物語。シュティフターの物語は細部が美しい。

道に迷ったあとも、兄のコンラートは妹を気遣い励ましながら、それらしい道を探して先へ先へと進む。
道々あたりのようすを説明する兄の言葉に、妹はすこしも疑わずに答える。

「きっとぼく、クシャイトへ帰れるように下り道を見つけるから」

「そうよ、コンラート(Ja, Konrad)」


「麓の森を抜けて降りて行く。
そうすれば、すぐにぼくたちの村に帰れるんだよ」

「そうよ、コンラート」


「寒くなったら両手でからだをぶつんだよ。
そうすればあったかになってくるんだ」

「そうよ、コンラート」


風がなくただただまっすぐに降り続ける雪を見たことのある人は、そのようすをイメージできると思う。
少しでも風が起きて吹雪になったら、子供たちは到底助からなかった。

雪が止んで晴れた空に、壮麗な冬の星々が輝く。
すべての村の教会が打ち鳴らす聖夜の鐘も、子供たちのところへは届かない。
空を身上げる子供たちの目に、不思議な光景が映る。

星々の中に光が現れて拡がり、弓形に輝きながら流れた。
弓形の頂点に、光の束が王冠のかたちに立ち上り、光はきらめきながら空間をつらぬき、やがて静かに薄れていった。

家に帰り着いてベッドに寝かされた小さいザンナは母親に言った。

「お母さん、ゆうべ、お山にすわっていたとき、わたしキリストさまを見たの」

・・・

谷あいの小さな村では、人々は日々の暮らしと生業にいそしみ、大きな事件などめったに起こらない。たまに起こった出来事は、自分自身や先祖が体験したこととして、何世代も語り継がれる。

変化の少ない中で、無骨でずっしりとした人生を終える時代は過ぎていった。
現代の日々猛スピードで流れていく情報は、刹那、刺激的でありながらすぐに忘れ去られる。
忘れ去られているのはむしろ、体験に根差した確かな手触りのある人生のほうではないのだろうかと思う。


昔ウィーンのシューベルト記念館を訪ねた時、同じフロアにシュティフター記念館もあるのを偶然見つけた。
画家でもあったシュティフターの風景画などが展示されていた。
  
posted by Sachiko at 22:32 | Comment(0) | ドイツ・オーストリア
2022年12月08日

「ちいさな もみのき」

クリスマス絵本の古典「ちいさな もみのき」
(マーガレット・ワイズ・ブラウン 作 / バーバラ・クーニー 絵)

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あらすじ
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森のはずれ、ほかの木々から離れたところに小さなもみの木が立っていました。
春、夏、秋が七回過ぎて、七回目の冬がきました。

小さいもみの木は、自分が離れたところに立っているのをさびしく思いました。
だれかと、いっしょにいたい.....

ある日、男の人がやってきて、小さいもみの木を根ごと掘って麻袋にくるみました。

 「おまえは これから すばらしいおいわいに いくんだよ。」

家には、足のわるい小さな男の子がベッドに寝ていました。
お父さんが持ってきた小さなもみの木は、樽に植えられました。

みんながもみの木の枝に飾りつけをすると・・・もみの木はクリスマスツリーになりました。
その夜、子どもたちがやってきて、クリスマスキャロルを歌いました。

男の子のそばで冬を過ごしたもみの木は、春になると、森のはずれに帰りました。

冬が来ると、また男の人がやってきて、もみの木を男の子のところに連れて行きました。
そしてまた春に、もみの木は森のはずれに帰りました。
もみの木は大きくなりました。

その冬、待っていても、男の人は来ませんでした。
もみの木はひとりで立っていました。

 クリスマスなしでは、このよは、ただ、おおきく
 つめたく、からっぽにみえました。


そのとき、遠くからクリスマスキャロルが聞こえてきました。
カンテラを手に持ち、子どもたちの先頭に立ってやってくるのは......

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絵本原作の第一人者、マーガレット・ワイズ・ブラウンは、100冊近い絵本を出していて日本語訳も数多くある。

「おやすみなさい おつきさま」「まんげつのよるまでまちなさい」「ぼく にげちゃうよ」など、おなじみのロングセラーも多い。

この「ちいさなもみのき」は、初版が1954年だが、作者は1952年に若くして世を去っている。

冬ごとに男の子のもとへ行ってクリスマスツリーになり、春には森に帰って来る小さなもみの木。

季節の巡りとともに、もみの木のそばでは鳥が歌い、花が咲き、ミツバチが飛び廻る。

クリスマスが近くなっても男の人が来ない冬は、一瞬不安にさせるけれど、最後は喜びのクリスマスになる。

絵は、こちらもおなじみのバーバラ・クーニーで、時を経ても古くならない、秀逸なクリスマス絵本だと思う。
  
  
posted by Sachiko at 21:37 | Comment(2) | 絵本