2022年09月08日

秋の蝶

おなじみのウラギンスジヒョウモン、今年も来てくれた。
絶滅危惧U類なので、姿を見るとホッとする。

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秋に見かける蝶は、翅が傷んでいることが多い。
鳥にでも突つかれたのか、、翅が大きく破損している。

自然界の、知られない出来事の痕跡。
先日見たアゲハもこのとおりだった。

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秋は、衰微していく季節だ。
日が短くなり、目に見える世界は枯れはじめる。
いのちは内へ向かい、花から実へと、次のサイクルを用意する。

ブドウが色づきはじめた。

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posted by Sachiko at 22:08 | Comment(2) | 自然
2022年09月03日

土地の記憶

以前、ヨーロッパの古都では層になった時間の重さを感じるというようなことを書いた。
同様のことは日本でもあり、本州へ行くと空気が重く感じる。

単に湿度の高さ(文字通り物理的に空気が重くなる)や、道路が狭く建物が密接している圧迫感だけではなく、やはり歴史の重さというものなのだろう。

北海道には明治以前も先住民族が住んでいたけれど、人口は少なく自然が圧倒的で、「○○の乱」とか「□□の変」という類の、権力争いや人間の念がぶつかり合うような歴史ではなかった。


そこに住む人間がどんな思いを持って生きていたのか、家や土地は記憶している。家の精霊、土地の精霊というものは確かにいるのだ。

この間ふと、そういえば京都は自然災害が少ないな、と思った。
かつて長いあいだ都だった場所だし、昔から治水対策などもされていたのだろうが、それだけではない気がした。

日本でいちばん安全な土地は京都だという説もあるらしく、何か古い呪術的な力が今も働いていて、結界を作っているのかも...?などと考えると物語の世界に入り込んでしまうけれど。


シュタイナーは土地のオーラについても言及していて、商業都市と工業都市とでは違うオーラを持っているというようなことを言っている。
その都市を訪ねてみれば、誰でも感じとることができる。

地球自体が、意識を持った有機体だ。
そして大地は、その上を歩く人の思いを受けとるという。
人々の意識と織り合わされて、それぞれの土地のオーラを形づくる。

人間は大地と離れていない。大地の上に暮らすことは、共同創造だ。
そのことを人間に思い出してほしいと、まさに今、大地は切望しているにちがいないと思う。
  
posted by Sachiko at 22:38 | Comment(2) | 未分類
2022年08月25日

コエゾゼミ

家の前の道路で拾ったコエゾゼミ。(写真がピンボケ(>_<))

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この前蝉を見たのはいつだったっけ?と思ったら、なんと子どもの頃以来だ。
いつの間にか住宅地では蝉の声が聞かれなくなった。

どこもアスファルトですっかり覆われてしまったので、蝉が地中で育つことができないのだ。
当然、木の幹や家の壁に蝉の抜け殻を見つけることもなくなった。

夏休みには近くの木で朝からうるさいほど鳴いていたアブラゼミも、市内では大きな公園以外、もういないらしい。


拾ったセミは、木の枝に置いたらいつの間にかいなくなっていた。
コエゾゼミの発生時期は7月〜8月下旬ということなので、そろそろ命が終わる頃で少し弱っていたのだろう。

トンボが飛び始め、庭は花の季節から実の季節へと移っている。
ほおずきが赤くなり、朝晩の空気が冷んやりしてきた。

『大地の四季』(ヴァルター・クロース)によれば、古くからの言い伝えで、秋の始まりは使徒バルトロメオの日、8月25日だそうだ。
  
posted by Sachiko at 21:52 | Comment(2) | 自然
2022年08月16日

「この本をかくして」

「この本をかくして」
(マーガレット・ワイルド文/フレヤ・ブラックウッド絵)

以前紹介した「図書館にいたユニコーン」という物語と少し似ている。
戦争で図書館に爆弾が落ちて・・・

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図書館の本はみんな木端微塵になり、ピーターのお父さんが借りていた一冊だけが残った。
敵軍がやってきてみんなに町から出て行くよう命令したとき、お父さんは鉄の箱に本を入れた。

「ぼくらにつながる、むかしの人たちの話が、ここにかいてある。
おばあさんのおばあさんのこと、おじいさんのおじいさんのまえのことまでわかるんだ。
ぼくらがどこからきたか、それは金や銀より、もちろん宝石よりもだいじだ。」

人々は町から追い出され、みんなの家には火が放たれた。みんなは何週間も歩き続けた。ある夜、お父さんはピーターに宝物を託し、夜が明けるころに息が止まった。

みんなはお墓を掘り、ピーターには鉄の箱を持って行くのをあきらめるように言った。まだ長い旅が続くのだ。

ピーターは山を越える手前の村で、大きな木の下に宝物を埋めた。ここに爆弾が落とされることはないだろう。

ピーターは山を越えて、港から船に乗って海も超えた。
新しい国で、ピーターは青年になった。

戦争が終わって、ピーターは再び海を越え、あの村まで行き、大きな木の下にいた女の子に話しかけた。

「ここに宝物がうまってるはずだよ」

女の子は地面を掘るのを手伝った。そうして鉄の箱の中から本が取り出された。

「ぼくらにつながるむかしの人たちのことが、ここにかいてある。
ぼくらがどこからきたか、それは金や銀よりもだいじ」

ふるさとの町の図書館は新しく建て替わっていた。
ピーターは本を図書館に持っていった.....

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連綿と続く人々の暮らしの中で、大切なものが継承され、文化を作る。
それまでの暮らしを奪った戦争は、少年が青年になるほどの時間続いた。

今も爆弾が落ちてくる国があり、落ちてこないまでも、大人も子供もスマホばかりいじっているうちに「目に見えない大切なもの」が破壊され続けている国もある。

本は、考えたり想像したり、共感し魂を揺さぶられたりする人間らしい力を呼び起こす。そうした人間らしいいとなみが文化であり、破壊者たちにとっては都合の悪いものなのだ。
爆弾とは別の方法で、人間らしい力は今も巧妙に奪い取られている。

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戦争がほんとうに破壊するものは何か、ということについて、ここでリンクを貼っている「森へ行こう」というブログに書かれているので、その記事を紹介しておきます。
https://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/202208160000/
  
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(2) | 絵本