2019年11月23日

金星と木星大接近

日没後の南西の空に金星と木星が縦に並んでいる。
近くには土星もあるのだが、まだ空が薄明るいので見えにくい。

mokukindo.jpg

金星は少しずつ見やすい位置に上ってきた。やはり金星の輝きは格別だ。

こうして、惑星は日々位置を変えながら廻っている。
地球と太陽、月、惑星たち、そして遠くの星々。

一日、ひと月、一年、更に長い時間の中で、星たちは宇宙のダンスを踊る。離れては、また近づき、二度と同じ並びになることはないのだろう。

廻っているものは、また帰ってくる。けれど、前と同じではない。
変わらない法則と変化し続けるものとが揺らぎながら回転するエネルギーは、いつも新鮮であり、同時に不思議な安心感をもたらす気がする。
  
posted by Sachiko at 22:38 | Comment(0) | 宇宙
2019年11月22日

自然霊と友だちになるために・1

「NATURE BEINGS」(Margot Ruis著)から。

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初心者は庭や森の木から始めるのがよいでしょう。
ひとりで、あるいは志を同じくする人々とともに。
あなたがしようとすることに共感しない人と一緒では、ディーバとのコンタクトはできません。

瞑想の中や、それに似た静かな意識のときに、彼らと近づく可能性が高いことに気づくでしょう。
穏やかで平和な気分で、絶え間なく廻る思考を沈黙させ、感情のジェットコースターもオフにした状態です。

彼らに近づく前には、私たちの思考や感情に充分気をつけておくことが大切です。それらの強いエネルギーを、エルフたちはその精妙な体で直接拾い上げることを知っておきましょう。

彼らを引きつけるか、追い払うかは、あなたのオーラによります。

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自然界の精妙な存在たちとコンタクトをとるには、それにふさわしい繊細な注意深さが必要、ということだ。
自分の中の騒がしさを鎮め、自然界の存在に耳を傾ける...
その時にかすかに感じるものが、彼らとつながるための糸口になるのだと思う。


ある時、遠出した帰りに森林浴をしようということになり、山道を探して登って行ったことがある。
...が、この森は何か違う、どうもあまりいい感じがしない。

道の途中には作業小屋のような建物があり、重機が置かれ、資材が散らばっていたが、人はいなかった。
周りの木々からは、生き生きとした感じが伝わってこない。

ここの木たちはあまり楽しく生きていない気がした。
まったく森林浴の気分にならないので、早々に引き返してしまった。伐採するためだけの人工林だったのだろうか。


木の気分は、感じとることができる。
森へ行くのが難しければ、庭や近くの公園で、惹かれる木をみつけて時間をかけてコンタクトを試みるのがいいかもしれない。木の時間はとても長いのだから。

そうしていつか、木のディーバがその姿を現してくれたら素敵なことだ。
  
posted by Sachiko at 22:25 | Comment(0) | 妖精
2019年11月21日

続・1+1の不思議

『エンデの文明砂漠』(ミヒャエル・エンデ)より。

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「・・・これはいわば近代的思考全体がもつ一種奇妙な先入観ではないでしょうか。つまり、何かを数字におきかえることで、あたかもその事象の真の現実性をとらえたと思い込むことです。この世界でもっとも抽象的なものが数字にほかなりません。」

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現代の7つの悪と言われるもののひとつがこの数字信仰で、現代科学では、あらゆるものが数値に置き換えられる。

人の考えや内面のはたらきなど、本来数字で表せないはずのものまでも数値化される。
「こう感じている人が何パーセント」など、ほんとうはありえないのだ。

エンデは一瞬何のことか?と思うような不思議な言葉を語る。
「私は森で“7”に会ったという経験もありません。」

森で7本の木や7羽の小鳥を見ることがあっても、“7”そのものを見ることはない。

「数字は人間精神の中にのみ存在し、外の世界には存在しません。」


二元論については、ユダヤの秘教カバラの話が出てくる。
そこでは“2”は本来存在せず、存在するのはあくまで“1”であり、それは数値の最小単位としての1ではなく、全体を意味する1だ...と。

「この全体を両極性に見ることはできますが、それはつねに全体であり続けます・・・」

前回書いたように、個も「1」であり、全体も「1」である.....私はほとんど子供の頃から、この不思議さのことを思っていた。
これがカバラにつながっているとは思わなかった。

両極性を持つ全体、このことも以前書いた気がする。
夜と昼、冬と夏....地球上では常に両極を見ることができるが、それは地球という全体性においてひとつである。

「・・・それが2になることはないのです。3になることはあります。それは次の現実なのです。」

対立したひとつずつの位置からは全体は見えない。両極性を持つ全体を見るには、第3の視点が必要だ。地球を離れたところから見るような....
1+1=3.....あれ??
   
posted by Sachiko at 21:45 | Comment(6) | 未分類
2019年11月19日

ある歌手の話

記憶の底から、長いあいだ思い出しもしなかったことが、不意に浮かんでくることがある。

今日は、ずっと昔何かのラジオ番組で聞いたこんな話が浮かんできた。

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あるオペラ劇場で、その日歌うはずだった有名歌手が急病のため出演しないことになり、急遽若い歌手が代役に立った。

若い歌手の歌はかなり良かったのだが、有名歌手を目当てに来ていた観客たちはまだ機嫌をそこねていて、歌が終わっても誰も拍手しようとせず、劇場は静まり返ったままだった。

そのとき、天井席のほうから幼い子供の声が響いた。

「パパ!ぼくはパパがすばらしかったと思うよ!!」

すると、客席から少しずつ拍手が起こりはじめ、やがて大きくなって、満場の拍手喝采になった。

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なぜこの話を思い出したのかわからないけれど、若い歌手も子どもも観客も、みんなが救われた劇場の空気がリアルに感じられる気がするのだ。
  
posted by Sachiko at 22:38 | Comment(2) | 未分類