2021年05月19日

ライラックの伝説

最後に雪が降ってから40日。季節は初夏になり、ライラックもほぼ満開になった。

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最近手に入れた『A Dictionary of PLANT LORE(植物伝承辞典・オックスフォード大学出版局刊)』という本では、ライラックについて、「花の咲いたライラックを屋内に持ち込むと不幸をもたらすと広く信じられていた」とある。

イギリス各地で採取された幾つかのエピソードが載っているが、なぜそう言い伝えられているのか、大元のところはよくわからない。

病人にとっては香りが強すぎるとか、ミツバチはライラックを好まないとか、ライラックの花が咲いている時期に仔牛を買ってはいけない、などという話もある。

家に持ち込んではいけない花としては、先日書いたサンザシやスノードロップがある。
いずれも、イギリスの一部の地方での言い伝えらしい。

一方で、庭にライラックがあるのは幸せな家庭のしるし、という説もある。これを採用することにしよう。


ところでこの本は古本で購入したので、あちこちに小さな書き込みがあり、中表紙には日付とともに、From mum and dad と書かれている。
元の持ち主は両親からのプレゼントを売ったようだ....(~_~;
 
posted by Sachiko at 22:20 | Comment(4) | 樹木
2021年05月03日

サンザシ

ケルトの樹木暦では、サンザシは5月の木だ。
メイフラワーともよばれるセイヨウサンザシ(ホーソーン)は、苗木が売られているけれど、北海道では寒すぎて生育に適さないらしい。

このサンザシは女神を表わし、ベルテーンに女神を讃えて枝を家の中に持ち込むと、幸運を招き入れ祝福される。
しかしそれ以外の日に家に持ち込むと怒りを買い禍が起きると言われている。

あるいはサンザシは妖精の木なので、メイ・デイに妖精の丘にあるサンザシの木の下に座ると、妖精の国へ連れて行かれて戻ってこられなくなるという話もある。

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「ほんとうに、さんざしなんてない国に住んでいる人がかわいそうだと思うわ・・・そういう人はなにかもっといいものを持っているかもしれないって、ダイアナは言うんだけれど、でもさんざしよりもっといいのもなんてあるはずがないわ」 (『赤毛のアン』より)

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サンザシがなくても何とも思わないことこそ悲劇だとアンは言った。
私はサンザシの実物を見たことがない。これは悲劇なのか....

一説によれば『赤毛のアン』のサンザシはホーソーンではなく別の植物だという(匍匐性のツツジ科の花らしい)。

たしかに、みんなでサンザシで花輪を作って帽子に飾る話が出てくるが、ホーソーンのトゲのある硬い枝では帽子に飾るような花輪は作れない気がする。


フィンドホーン・フラワーエッセンスのホーソーンは、特別にホーリーソーンと呼ばれている。
キーノートは《再生と創造》、自分自身と他者を愛し受け入れることを手助けしてくれる。
このエッセンスは、グラストンベリーのサンザシの花から作られた。

グラストンベリーのサンザシにはこのような伝説がある。
十字架から降ろされたイエスの埋葬をひきうけたアリマタヤのヨセフが、後にブリテン島に渡り、グラストンベリーに最初の教会を建てた。

グラストンベリー近郊のサンザシの木は、アリマタヤのヨセフが突き立てた杖が育ったもので、毎年クリスマス・イブに花を咲かせたと言われている。

その木は後に切り倒されてしまったが、その子孫なのか、聖なるサンザシ(ホーリーソーン)と呼ばれる木は今も存在するようだ。


ひとつの木に多くの物語、人間と同じように。
木は人間と密接な関わりがあるどころか、別の姿をとった人間自身だと、最近ますますそう思う。
  
posted by Sachiko at 22:16 | Comment(0) | 樹木
2020年05月01日

桜の開花

今日から5月。昨日はソメイヨシノの開花宣言が出た。エゾヤマザクラはすでに咲いている。

フィンドホーン・フラワーエッセンスの「チェリー」は、エッセンスの創始者マリオン・リーの日本滞在中に作られたものだ。その桜からのメッセージはこのように始まる。

「わたしはこの地と、この国のエッセンスです・・・わたしの正体は、肉体の熱いハートに宿る純粋なスピリット。人間の火のようなハートに宿る永遠の叡智。これこそ愛にほかなりません・・・」

私がマリオンのクラスを受けたのはちょうど5月の連休の頃で、その時作ったエッセンスも桜だった。


桜に照応する惑星は月で、月は水のエレメントと強く結びついているという。そのため、桜には水のエレメントが強く働き、他の樹木の実に比べて桜の実(サクランボ)は柔らかくみずみずしいのだそうだ。

月と桜の景色を思い浮かべてみるとき、月のフェイズは、私のイメージでは十六夜の月が浮かぶ。夜桜の妖しさには、欠けていく月が似合う気がする。

妖しいといえば、坂口安吾の、恐ろしくも美しい「桜の花の満開の下」。
この種の耽美は個人的にはあまり好みではないのだが、最後に何もかもが桜の花びらになって舞い散っていく情景は圧倒的で、やはり名作に違いない。

錬金術では、月が支配する金属は銀だ。
西洋の美の規範が黄金比なら、日本美術では白銀比が好まれる。
月と桜のイメージは、なんとも日本的に思える。

↓これは桜ではなく、隣の杏の木♪

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posted by Sachiko at 22:11 | Comment(0) | 樹木
2020年02月17日

エルム・2

ヨーロッパニレは、ニレ特有の病気のせいで絶滅の危機に瀕しているそうだ。
シュタイナーは、植物は基本的に病気になることがないと言っている。もし病気になるとすれば、外的な環境の反映である、と。
ヨーロッパニレが枯れてしまう病気も、ニレの木食い虫と、それが仲介する菌類によるものだ。

伝説では、エルムは黄泉の国や、妖精界とのあいだの通路に生えていると言われる。

エルムは水星と深いつながりがある。
水星の神、ヘルメス(メルクリウス)は、天と地、あるいは冥界とのあいだを軽やかに動き回る伝令であり、みずみずしく若い神だ。
樹木の生長や形姿は、こうして惑星の影響を受ける。

「トゥリーエンジェルオラクル」(フレッド・ハーゲネーダー)より、エルムの天使のメッセージの抜粋。

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エルムの天使は、コミュニケーションと交感の分野で輝く存在です。それは誠実な真のコミュニケーションをします。

コンピューターで育った世代で交わされる意味のないメール交換や仲間内のそっけないやり取りではなく、さまざまな障壁を乗り越える真のコミュニケーションといえます。

真の出会いとは、誰も偏見をもたず、お互いを尊重しあえるときにのみ可能です。

テクノロジーの発達は、例えば電話などの機器が、人間に元から与えられていたテレパシーというようなものの粗末な代用品でしかないことを、ますます見えなくさせてしまっています。
せめて、お互いの目をしっかりと見つめ合うことができたら....

エルムは、わたしたちと外の世界を結びつけます。「いかなる存在に対しても、自分の一面と思って向き合いなさい」、これは誠実な真のコミュニケーションの種をまくことです

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このメッセージも、伝令である水星の神を思わせる。
さらに、電気通信の発達と普及の時期が、エルム病によってほとんどのエルムの木が失われた時期と重なっているのは、偶然と考えられている、と書かれているのだが.....

この話は、アイルランドで田舎まで電気が普及した後、妖精の目撃談が急速に消えていったという話を思い出させる。

テクノロジーは伝令の神の仕事を邪魔しているのか、人間は星の言葉も木の言葉も、人間同士の言葉さえ聞こえなくなってしまっている。
エルムの木自体が、星と木と人間のあいだをつなぐ伝令の働きをしていたのではないだろうか....
  
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(2) | 樹木
2020年02月15日

エルム

ゲルマン神話では、神々が木に生命を吹き込んで、トネリコから最初の男が、エルム(ニレ)から最初の女が生まれたと言われている。
人間が木から生まれたという神話は、ネイティヴアメリカンなど世界のさまざまな民族の中にある。

アイヌの神話では、チキサニはハルニレの女神だ。
美しいチキサニのもとに雷神カンナカムイが降りて、アイヌ民族の祖であるアイヌラックル(オキクルミ)が生まれた。
この伝承には幾つかのバリエーションがある。

日本にはアイヌ民族がいるということを、他の地方に住む人たちはどのくらい意識しているだろうか。
北海道でエルムといえば、ニレ科の中でも特にこのハルニレを指す。街路樹などにも多く使われ、巨木も多く、親しみのある木だ。

「ニレ」よりも「エルム」という呼び名が一般的で、日常の中でもエルム荘とかエルムタクシーとか、エルム○○という名のつくものはとても多い。

ドロシー・マクレーンがコンタクトした木のディーバは、他の土地に移植されたとしても、土着の木々はその土地に戻りたがっていると言っている。

何らかの理由で木々が失われた時、とりあえず成長の早い樹種を植えるということは長いあいだ行なわれていた。表土流出を防ぐためなど、それが有効な場合も多くある。

けれどやはり、植樹する場合は元々そこにあった樹種を植えるのが望ましいと、あのアナスタシアも言っている。
神話が生まれた時代からあった木は、その土地とひとつになって安らぎ、本来の役割を果たすことだろう。

神話のように、木は人間の根源とつながっていて、人は木がなければ生きられないというのはほんとうにその通りなのだ。
  
posted by Sachiko at 22:27 | Comment(0) | 樹木