2019年06月25日

グリーン・ノウ屋敷その後

グリーン・ノウ物語第4巻「グリーン・ノウのお客さま」(ルーシー・M・ボストン)より。

ハンノー事件は終わってしまったけれど、この物語から去りがたいので、もうすこし長引かせてみたい。

オールドノウ夫人は、ピンを難民児童収容所のコンクリートの中へは帰さないことに決めたのだ。

「…あなたがいなくちゃあ、わたしはもうやっていけないと心から思うの。どうかしら?」

夏休みはまだたっぷり残っている。オールドノウ夫人は、アイダがここに来られるように、アイダの両親に手紙を書くことにした。

アイダがやってきて、今度はどんなことが起こったのか、このあとの話は書かれていない。
きっと、ハンノー事件とも去年の川の冒険とも違う、思いもよらない楽しいことが起きたに違いない。

グリーン・ノウ屋敷のモデルになったマナーハウスは、今はルーシー・M・ボストンの記念館になっていて、見学することができる。物語に登場する、イチイを刈り込んだトピアリーの並ぶ庭もそのままのようだ。

大勢の見物人がやって来て庭や家の中を歩き回るようすを、オールドノウ夫人(ルーシー・ボストン)は天国からどのように見ているのだろう。案外おもしろがっているかも知れない。

訪ねた人たちは、本の中に入り込んだような気分になるという。ここはテーマパークではなく本物なのだ。
その気になればグリーン・ノウを訪ねることができると、遠くからでも思えるのは楽しいことだ。

 マナーハウス
  ↓
http://www.greenknowe.co.uk
  
posted by Sachiko at 22:03 | Comment(0) | ルーシー・M・ボストン
2019年06月23日

本物の三日間

グリーン・ノウ物語第4巻「グリーン・ノウのお客さま」(ルーシー・M・ボストン)より。

…その夜は嵐だった。嵐が去った明日には、銃を持った少佐や警官、動物園の飼育長、それに見物人たちもここへやってくる。
ハンノーが捕まれば、檻が待っている。鉄棒で囲まれた、がらんどうの、四角な、コンクリートだけのむなしい場所。

ピンはハンノーと最後に別れたときの隠れ場所が、庭側のドアの外のすぐそばなのが気になっていた....

朝食のテーブルでピンは、オールドノウ夫人がピンの話を聞いていなくて、その目がピンの後ろを見ているのに気がついた。。そこにハンノーが立っていた。ピンが大きなパンを渡すと、ハンノーは引き下がっていった。

青ざめた夫人はようやくすべてを理解した。

「…飼育長さんを呼んで来なさい。あの人だけに話しなさい。ここにはハンノーのためのジャングルはないのよ。かわいそうなみごとな生きもの。…あなたがハンノーのためにしてやれることは、それしかないのよ。」

ピンはこうなるしかないことはわかっていたけれど、彼のからだは心のいうことをきこうとしなかった。ピンは川沿いの道を、泣く場所を探してただ走った。

その頃外では別の騒ぎが起きていた。隣村から逃げ出した牛が道を暴走していたのだ。ピンは牛がまっすぐ向かって来たのに気づいて庭へ逃げたが、木の根につまずいて倒れてしまった。

そのとき、枝のあいだから現れたハンノーが、ピンと牛のあいだに飛び込み、牛を地面に叩きつけた。
走って来た人々が叫び声をあげた。

「ゴリラが子どもをつかまえたぞ!その子をひどい目にあわせているぞ!」

ハンノーは少佐の銃によって倒れ、一瞬で地上からいなくなってしまった。飼育長がやってきたが、遅すぎた。
ピンは静かに、飼育長にすべてを話した。ハンノーを赤ん坊の頃から育てた飼育長も、ハンノーを好きで大切に思っていたのだ。

「もしきみが最初にわたしにうちあけていてくれたら、こんなことはけっして起こらなかっただろうよ。」

「ぼくがうちあけていたら、ハンノーは一生にいちども本物の三日間をあじわうことがなかったんです。」


この物語の「本物の三日間」という言葉からはいつも、まったく違う別の話を思い出す。
著書『死ぬ瞬間』シリーズで知られるエリザベス・キューブラー・ロスのエッセイか何かに書かれていたのだったと思う。
彼女が最期を看取った人々の中に、このようなことを言った人が少なからずいたという。

「先生、わたしは“いい生活”はしてきたけれど、ほんとうに生きたことがありません」

「本物の三日間」について、あまり言葉で長々と何か言う気は起らない。ただ静かに響かせるだけだ。
そして、ピンが森でハンノーと過ごしたのが、たった三日間だったとあらためて気づくのだ。
   
posted by Sachiko at 21:57 | Comment(0) | ルーシー・M・ボストン
2019年06月21日

近づいている危機

グリーン・ノウ物語第4巻「グリーン・ノウのお客さま」(ルーシー・M・ボストン)より。

ピンはオールドノウ夫人のお供で村へ行くことになったが、ほんとうは森へ行きたくてたまらなかった。
村の店では大人たちが誰もかれもゴリラの話をしていた。「あの猿」とか「なぜ撃ち殺してしまわないんだ?」とか、軽口まじりで。
その不正確さや愚かさにピンは驚き、怒りを感じていた。

だがオールドノウ夫人はこう言った。

「ねえ、ピン。子どもはうそっぱちの遊びをして生きてると思われているのよ。だけど子どもの遊びはいつも本物の練習だわ。ところがおとなのうそっぱちときたら、とんでもなく下劣なものなのね。
……ハンノーはあなたも言ったように、そりゃあわたしたちと違ってるにしても、人間の仲間なんだから、かれが撃たれるのを見ようと思ってぐるぐるドライブしてまわるなんて、人間のすることかしら...」

お昼ごはんのあと、オールドノウ夫人が昼寝をしているあいだに、ピンは食べ物を持って森へ向かい、途中でみつけたハンノーの足跡を注意深く消した。

鉄砲を持った人と警官とが、森のほうへ向かってきていた。ピンは木に登ってふたりに向かってどなり、この森には何もいないと思わせた。
おいてきぼりにされたオールドノウ夫人は、ピンが何か秘密を持っていると思っていたが、ピンを信頼していた.....


賢明な老婦人であるオールドノウ夫人を包む空間には、大きな安心感がある。子どもにとっては、そばにいてほしい大人だ。

ピンは、森に行っていた。しかもハンノーに食べ物を運び、いっしょにいたのだ。
オールドノウ夫人はピンの表情から何ごとかを読み取ってはいたが、詮索したりはしない。実際に起こっていたことが、オールドノウ夫人の想像を超えることだったからかもしれない。

オールドノウ夫人は、ハンノーのことではピンの考えに共感し、「鉄砲を持ったやっかいな人たち」に庭や森を荒らされたくなかった。けれど同時にそれ以上に、ほんとうの大人の責任を果たす人でもあった。

「ハンノーがつかまって動物園にもどされるように願わなくちゃ。ハンノーだって、ひとりじゃ生きられないんですもの。」

たしかに、子どもがひとりで森の中にハンノーをかくまいきれるはずもなかったのだが...
包囲網が狭まり、ピンとハンノーに近づいてくる危機のほんとうの意味は、「ふつうの大人たち」には知るべくもないものだった。
  
posted by Sachiko at 21:58 | Comment(0) | ルーシー・M・ボストン
2019年06月20日

森の秘密

グリーン・ノウ物語第4巻「グリーン・ノウのお客さま」(ルーシー・M・ボストン)より。

オールドノウ夫人はグリーン・ノウのことを、「工業国イギリスのまん中だというのに、らくに息が吸えるめずらしい場所」と言った。

「…ほんとうの逃げ込み場所ね。近ごろは何もかもあんまり目まぐるしく変わるので、みんなが追いかけられたり、わなにかかったような気がしている。」
これは1961年に出版された物語なのだが....

…ニュースでは、ハンノーはトラックの荷台に乗り込み、積んであったかごの中のメロンをたいらげたあと、ここから一番近い国道のどこかで飛び降りたということだった。

ピンはオールドノウ夫人が用意してくれたお弁当を持って森へ行き、小屋を完成させた。とても暑い真昼、ピンはそのまま干し草を枕にして眠ってしまった。
夢から覚めかけたとき、竹のあいだから現れたのは毛むくじゃらの肩だった.....

ピンが憶えていたとおりにハンノーは偉大だった。お弁当のバスケットの中身は空になってしまったが、ハンノーの胃にはほとんど足しにはならなかっただろう。

夜、ピンはハンノーを守ってやるためにできそうなことを思いついた。ふだんのピンならけっしてしないようなことだ。菜園からキャベツを盗み出し、森に隠したのだ。

その日、近くでゴリラの足跡が見つかったというニュースが入っていた.....


ピンは大きすぎる秘密を持つことになった。

「ぼく、ハンノーをつかまらせたくないんだ」

オールドノウ夫人には、ようやくそう言うことができただけだった。
ピンの心を強く惹きつけた、ハンノーの立派さ美しさ。そして、それがゴリラであれ何であれ、存在がそれ自身であることの尊厳は、何としても損なわれてはいけない大切なものだった。
こうして最も大切なものをまっすぐに掲げる、これがこの物語の清々しさだ。

難民であるピンは、それほど大切なものがこの世界ではどれほど傷つきやすく損なわれやすいものであるかも知っている。

だが子どもがひとりで、いつまでもゴリラを森にかくまっておけるはずもない。最も大切なことが、このあと、ピンには痛いほど迫ってくるのだった.....
  
posted by Sachiko at 22:20 | Comment(2) | ルーシー・M・ボストン
2019年06月18日

ほんとうの家

グリーン・ノウ物語第4巻「グリーン・ノウのお客さま」(ルーシー・M・ボストン)より。

ある日のお茶の時間、グリーン・ノウにはお客さんたちが来ていた。夫人に代わってお茶やお菓子を配りながらピンは、幼い頃の自分の家で似たようなことがあったのを思い出し、この機会を楽しんだ。

お客さんたちは、ハンノーが逃げたニュースを聞いて、いろいろな意見を交わしていた。だがこの人たちは、話題が変わるとゴリラのことをたちまち忘れていった。そのことにピンは驚いた。

この人たちはよく話したが、自分の主張していることを自分でも信じていなかった。オールドノウ夫人だけが、ほんとうの考えを持っているようだった。

お客さんたちが帰ったあと、ピンは夫人を手伝ってお皿を洗うのを楽しみながら、ほんとうの家庭というものが、教育のためではなく楽しみのためにどうやって営まれるのかということを、心ゆくまで味わった。


たった6歳で難民になり、祖国からも遠く離れたところに来てしまったピンだが、グリーン・ノウで目にするものや体験することは、不思議に懐かしい幸せなことを思い起こさせた。

オールドノウ夫人とピンは、ひいおばあさんとひ孫ほど歳が離れているが、すぐに深くあたたかい絆ができた。
オールドノウ夫人のようなおばあさんはめったにいないし、ピンのような少年もめったにいないだろうが、こういう人たちはどこかで見つけ合う。
それもこのグリーン・ノウ屋敷のはからいかもしれなかった。

本ものの暮らしの楽しい営みがあるところでは、人は、単に気晴らしや刺激を得るための娯楽などはほとんど必要としないのではないかと思う。
グリーン・ノウは「ほんとうの家」なのだ。
  
posted by Sachiko at 21:20 | Comment(0) | ルーシー・M・ボストン