2019年05月13日

カルリクとの長い旅

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

本の最後で、ウルスラはこう語っている。

「私たちが人生をいっしょに過ごすことで、私の中ではいつも新しいことが起こります。ともに歩く道は、日々と季節のサイクルを通じて、私に力強さと自信とを与えてくれます。

与えることと受け取ることは、互いのあいだで生き生きと循環し、それが私たちの在り方なのです。仕事のために度々離れたとしても、私たちは変わらずにしっかりとつながっているのです。」


この小さな本の初版は1987年で、当時ドイツ語圏ではベストセラーになったらしい。それから30年も経った2017年にこの英語版が出ている。

これはウルスラ・ブルクハルト個人の体験談だが、同時にこれから起こり得る未来の在り方を指し示しているように見える。
自然界の霊的存在たちは人間の意識を必要としているし、人間もまたそうなのだ。

彼らの存在に意識を向けた時、外的な何かによるものではない不思議な力づけや確信が静かに満ちてくるのを感じたなら、きっと彼らはそばにいる。

「Karlik−Encounters with Elemental Beings」は、これで終わる。
(ウルスラ・ブルクハルトの本は手元にもう一冊あるので、これもいずれ少しずつ紹介できればと思っているが、こちらはドイツ語版....(>_<;)
   
posted by Sachiko at 21:35 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年05月11日

カノン

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

子供たちと同じように、ノームたちは物語を作り変えたりせずに正確に繰り返すことを望んでいる。彼らは繰り返しが大好きだ。

人間なら単調だと思うような、繰り返されるトーン−カウベルの音や、木の中で風がそよぐ音など−を彼らは好む。

日々や季節の、常に繰り返されるサイクルのリズム....
カルリクは、時計やカレンダーなど、計測できる外的な時間のことは気に留めない。彼にとって一日の始まりと終わりは、花が咲いてまたしぼむようなものだ。

カルリクといっしょにウルスラは、朝の光からその日為すべきことの手がかりを受けとり、一日の終わりには感謝に満ちて、花たちやいろいろなものにおやすみを言うために、アパートの周りを一廻りする...


単調にも思える、自然の中でくりかえす音は私も大好きだ。
風がつくる葉擦れの音、小川のせせらぎ、地面を打つ雨の音、小鳥のさえずり、蜂たちの羽音....

これらの音があるところでは、元素霊や妖精たちも喜んで聴き入っていることだろう。

繰り返しは生命のリズムそのものだ。
眠りと目覚め、吸う息と吐く息、心臓の鼓動....
昼と夜、夏と冬、潮の満ち引き....
心地よく流れる、自然と生命のカノン。
  
posted by Sachiko at 21:44 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年05月09日

地球という種の物語

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

ウルスラがカルリクとともに体験することは、内的におとぎ話のイメージのようになり、物語やノームの人形を作ることを助けてくれる。

カルリクは、彼への贈りものとして特別に語られる物語が好きだ。そのひとつに、地球を花にたとえた小さな物語がある。
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私たちの地球は、たくさんの星の中に置かれたすばらしい種です。

無数の星が咲き誇り、そのいくつかは消えていって、また新たな星が咲きます。けれど私たちは地球の種がどうなるのかは言えません。そのことは秘密として内側に隠されているのです。

時々、そこからは何も生えてこないように思えることがありますが、種の中で現われようとしているものは、目に見えないままです。

地球の種の秘密は愛です。そこに何も存在しないかのように見えるときも、種の裏側には確かに何かが隠れているようです。

何度も何度も、小さな光が地球の種を貫いて輝き、私たちがしんぼう強くいられるように希望を与えてくれます。

何度も何度も、自然界と人々のあいだに善いものが現れると、小さな光が地球の上で明るく輝きます。
それは私たちが時々為すことができる、小さな愛の行ないです。

そしてある日、地球の種は「内なる太陽の祭り」で輝きだします。
私たちが星々のあいだにあるこのすばらしい種を大切に扱い、その秘密を注意深く解き明かすとき、私たちは地球上の小さな光の点になり、ますますたくさんの愛を、花がひらくようにように輝かせることでしょう。

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自然霊たちは、こうして人間の創造をも助けてくれるようだ。彼らの助けによって現れるものは、人間が自分の頭だけで作るものとは違って、必ず自然界や宇宙の真実が含まれている気がする。

現代は地球にとって困難な時代だ。でもたくさんの困難を経たあとで、いつか遠い未来に、地球は〈愛の星〉になると言われている。
その遠い約束を果たすために人間が戻ってくるのを、元素霊たちは待っているのだろう。
  
posted by Sachiko at 20:33 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年05月07日

地球の進化

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

ウルスラはカルリクと知り合ってから、地球がなぜこのように堅固なものになったのかを聞きだしたいと思っていた。
なぜ、彼女の意識が身体から解き放たれたときに体験したように、光輝き、生命に浸透されて躍動するものではありえなかったのか。

彼女はカルリクに、地球は何か違ったふうになることはできなかったのか尋ねた。「できなかった」と、答えが返ってきた。
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「あるとき母が私にジャム作りを手伝ってくれるよう頼みました。私はストーブのそばに立ってかき混ぜました。カルリクは鍋の取っ手の上に陣取っていました。

ジャムが冷めて固まってくると、彼は踊りながら叫び始めました。『こういうことだ!こういうことなんだよ!』
『どうしたの?』と私は尋ねました。
『地球もそういうことなんだ!』楽しいことを思いだしたように、彼は叫びました。『ちょうどこういうことだって、君はわかっただろう。』」

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ウルスラはカルリクが喜んでいることが嬉しかったが、彼が何を伝えたいのかはしばらくの間理解できなかった。

その後彼女は科学的思考で書かれた人智学の本で、カルリクが地球の進化について比喩的に示そうとした内容を発見した。
思考と比喩とが互いに補い合って、真に生きた知識に導くのは美しいことだった。
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「この発見のきっかけは、台所での実際的な作業でした。私たちはみな学ぶためにここにいるのだと、今私は理解しました。」

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地球がまだ柔らかかった頃のことについて述べられているものは、私も読んだことがある。
その頃地球は宇宙の影響下にあり、地球全体が一種の植物のようだったという。

今日、植物が死滅すると鉱物になる(石炭など)ように、かつて植物だった地球が鉱物になったのだ。(「自然と人間の生活」R・シュタイナー)

ジャムが冷えて固まるようすは、過去の地球の比喩になった。
「野菜のお祭り」の話のように、台所での日常的な仕事も宇宙的な物事の思考に繋がっていった。
鍋の取っ手はカルリクのお気に入りの場所らしい。それも素敵なことだ。
  
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年05月06日

逆さまの植物

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

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「ある時私が森にいると、枝が私の顔と髪をこすりました。
『木が足で君に挨拶しているよ』と、カルリクは笑いました。」

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彼女はカルリクが何を言おうとしているのか理解できなかった。
カルリクは、ノームにとって人間は逆さまの植物であり、植物は逆さまの人間なのだ、と説明した。

植物の根は彼らの頭で、つまり頭は地面の中にある。植物は、頭から空に向かって成長する。樹冠と呼ばれるものは、彼らの足なのだ。

このように見ると、人間は天から地へと逆に成長しなくてはならない。小さな子供たちは、すでによく発達した大きな頭を持ち、これを根と見なすなら、彼らは足のほうへ成長すると言える。
でもほんとうに人間は天から地へ成長すると言えるだろうか?

カルリクはこう答えた。
「人類は天の世界を地上に持ってくることになっている。だから人間は足のほうへ成長しなければならない。」
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「後になって私は、ルドルフ・シュタイナーの著作の中で、人間を逆さまの植物として言及しているのを見つけました。カルリクは、彼がすでに他の方法で知っていることが書かれた『思考の箱』(※カルリクは本のことをこう呼んだ)に、とても満足していました。」

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人間は逆さまの植物であるという話は、私もシュタイナーの本の中で読んだことがあるが、何の本だったか忘れてしまったので、今ここで詳しいことは語れない。
人間の思考する頭が、植物の場合は根に相当するという図に、妙に納得したのは憶えている。

天と地のあいだのメタモルフォーゼについては、シュタイナー本人の著作ではないが、人智学系自然科学に基づく別の本の中にこのような話がある。

「地上のもの」と「地下のもの」は鏡像の関係にある。
植物の中でデンプンは分解して糖になり、上方では花の色や香り、蜜、オイル、薬効成分などになる。

下方へ向かうと、固化と鉱物化が進む。
こうして地下でできたコールタールなどから、人間の知性は、合成香料、合成色素、合成薬品などを作り出した。
この地下領域は、宇宙がダイナミックに創造するものの「鏡像」となって現れている。
(参照:「放射能とは何か」佐々木和子著)

この地下領域には、計算可能な出来事があるだけであり、緑に溢れ、花咲き、実りをもたらす現実のものとして現れることはない、と本は結ばれている。

人間の頭(知性)が根として地下領域に照応するならば、知性による計算可能な領域だけが肥大した文明は、根だけが肥大して花を咲かせない植物のようなものだろうか。

「人類は天の世界を地上に持ってくることになっている。」
カルリクの言葉が導きの糸のように響く。
  
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト