2020年05月26日

ティル・オイレンシュピーゲル

中世のトリックスターとして知られるティル・オイレンシュピーゲルは、北ドイツの小さな町メルン(Mölln)に実在したとされているが、詳細はよくわからない。

私がこの名を知ったのは、昔読んだ東山魁夷のドイツ・オーストリア紀行『馬車よ、ゆっくり走れ』の中だった。
本のタイトル自体が、ティル・オイレンシュピーゲルの伝説に基づいている。

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馬車でやってきた男がティルに尋ねた。
「次の町まではどのくらいかかるだろうか」
ティルは馬車の様子を見て答えた。
「ゆっくり行けば4、5時間、急いで行ったら一日がかりだ。」
からかわれたと腹を立てた男は馬車を飛ばした。まもなく車輪が壊れて修理しなければならず、結果一日がかりになった....
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先日のカシオペイアの話から、これもまた「オソイホド ハヤイ」物語だと思いだしたのだ。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩でも知られる「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」は、翻訳本が出ているが私は読んだことがない。どうもあまり上品な話ではないらしい。

メルンは、北ドイツに行ったら尋ねようと思っていた町のひとつだった。
グリム兄弟の生地ハーナウから北へ向かういわゆるメルヘン街道は、多くの伝説が残る土地だ。

結局北ドイツへ行く機会は作れなかったし、ドイツも近年すっかり様変わりしたという話を聞く。どこもそうなのだろう。

遠い中世ドイツを思うと、幼い頃から親しんだメルヒェンや伝説のイメージからなのか、自分の中にそこへタイムスリップするような不思議な空間があるのを感じる。
  
posted by Sachiko at 22:39 | Comment(2) | ドイツ・オーストリア
2019年04月13日

青い花

今日は今年最初のモンシロチョウを見た。
早春の小さな青い花が咲き始めている。
(左:チオノドクサ、右:シラー・シビリカ)

chionodoxa.jpg

青い花といえば、ドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリスの「青い花」を思い出す。

小学校6年の時、遠縁のおじさんが家に来た際、おみやげに少女向けの雑誌をくれた。実際にはそれは当時の私よりもう少し上の、10代半ばくらいの少女が対象のようだった。

楽しく読んだのだが、中身はもうまったく覚えていない。唯一覚えているのが、「夏休みの読書におすすめの本」という記事で、その中にノヴァーリスの「青い花」があったのだ。
他にどんな本が薦められていたのかも全く覚えていない。

私はこの「青い花」に惹かれて図書室で探したが見つからなかった。それはそうだ、小学生が読む本ではない。その後もずっと見つからず、読んだのは大人になってからだった。全集に入っていたものだが、岩波文庫からも出ている。

原題は「ハインリヒ・フォン・オフタディンゲン」で、中世ドイツの伝説の詩人の名を主人公の名前にしている。
物語では、テューリンゲンの青年ハインリヒが、夢で見た青い花に激しく心を動かされたのち、母の郷里アウグスブルクへ旅に出る。旅の途上で出会った人々から詩の世界に引き入れられ、やがて恋人となる少女マティルデに出会う....

テューリンゲンには、ヨハネ祭の日に山上で幻の青い花をみつけると、その下には宝が埋まっているという伝説があるという。

ノヴァーリスは最も純粋なロマン派の詩人で、わずか29歳で世を去った。最期は弟が弾くピアノを聞きながら、友人シュレーゲルの腕の中で息を引き取り、シュレーゲルは、人間がこんなに美しく死ねるものかと驚いたという。
夭折したため、「青い花」も未完である。


純粋な青い花は少なく、たいていは少し紫がかっている。純粋な青は、天界の色らしい。
ブルーローズやブルームーンなど、「ありえないこと」や「ごく稀なこと」を指すのにブルーが使われたりする。

空や海など、一面の青があるところには、神の力がはたらいているという。美しい青い花があったら、それは天の力の一片なのだろう。
 
posted by Sachiko at 21:36 | Comment(2) | ドイツ・オーストリア
2019年02月14日

アルザス

アルザスは、私が唯一フランスの中で足を踏み入れた土地だ。
たぶんドイツ語が通じるだろうし、ドイツ時代の名残が感じられるだろうか..と思ったのだ。

シュトラースブルク(フランス名ストラスブール)は、若きゲーテゆかりの地でもある。木組みの家々など、旧市街はドイツ風だった。

ゲーテはシュトラースブルク大学留学時代、「ファウスト」のヒロイン、グレートヒェンのモデルになった少女フリーデリケと出会い、短い恋ののち、彼女のもとを去った。
シューベルトの歌曲で知られる「野ばら」の詩も、フリーデリケのことをうたったのだと言われている。

アルザスは昔から、ドイツとフランスが戦争をするたびに、ドイツ領になったりフランス領になったりしていた。

フランスの作家アルフォンス・ドーデの「最後の授業」という短編がある。
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アルザスの学校に通う少年が、ある日友だちといっしょに学校をずる休みして遊びにでかけた。だがやがて気になって学校に戻り、窓からのぞいてみると、なんだかようすがおかしい。

生徒だけでなく村の大人たちがみんな、老人たちまでもが学校に集まり、古い教科書を開いて熱心に授業を聞いている。
先生が少年たちに気づいて、早く教室に入るように言った。

戦争に負けてアルザスがドイツ領になり、明日からはドイツ人の先生が来て授業はドイツ語で行われる。この日はフランス語での最後の授業だったのだ。
少年はこんな大事な日にずる休みしようとしたことを後悔する...

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しかしどうやら、この物語には裏があったようだ。
物語ではフランスとフランス語への愛が熱く語られているが、アルザスの人々がふだん話していた言語は、元々がドイツ語方言であるアルザス語だったのだ。

アルザス出身のアルベルト・シュヴァイツァーは子どもの頃からふつうにバイリンガルで(ドイツ語とフランス語)、じぶんの母国語はどっちだろうかと考えた時、夢の中で話しているのはドイツ語なので、きっとドイツ語だろうと思った、というエピソードがある。

ラインの西岸、シュトラースブルク。私としてはやはりドイツ名で呼びたくなってしまう。
 
posted by Sachiko at 22:07 | Comment(2) | ドイツ・オーストリア
2019年02月13日

ブレンナー峠

北と南を分けるものの話で、ずっと昔に読んだ、あるドイツ文学者のエッセイに出てきたブレンナー峠のことを思いだした。

ブレンナー峠は、オーストリアとイタリアの国境にあり、この峠を境にヨーロッパの北と南をはっきりと分かつように景色が一変するのだと書かれていた。

当時の私はそれを確かめてみたくなった。
それで、インスブルックから、とりあえず南チロルのボーツェン(イタリア名はボルツァーノ)へ向かった。

峠までの景色は、晴れているのにどこかうっすらとヴェールがかかったような水色の空と、白や黄色や薄紫の、アルプスらしい清楚な小花が一面に咲いていた。

そしてブレンナー峠を超えると....
不意にヴェールを取り払ったように真っ青な空が広がり、やがて緑の野に点々と、あるいはところどころかたまって咲いている、真っ赤なケシの花!イタリア!!

あの話は本当だったか...と思った。
南チロルは元々はオーストリアだったが、第一次大戦で負けたためにイタリアに持っていかれたのだ。

それで道路などの表記はドイツ語とイタリア語が併記されて、ドイツ語を話す人たちとイタリア語を話す人たちが混在していたが、今はどうなったことだろう。

さらに南へ行くと、絵画でしか見たことのない糸杉やオリーブ畑を見て大いに感激したのだった。


故・子安美知子氏が、ミヒャエル・エンデと行動を共にしたとき、エンデはドイツにいる時とイタリアにいる時とでは気質が変わるというようなことを何かの本に書いていた。
やはり土地には、人の内面に作用する何らかのエネルギーがあるようだ。
 
posted by Sachiko at 21:10 | Comment(2) | ドイツ・オーストリア
2018年11月30日

泉の話

昨日からの泉つながりで....

オーバーバイエルンのどのあたりだったか、Kaltenbrunn(カルテンブルン)という小さな駅を通過したことがある。
Kaltenbrunn・冷たい泉、素敵な名前だ、と思った。

特に観光地でもなんでもない町(村?)なのだろうが、小さな白い駅舎の窓や柱には、たくさんの赤いゼラニウムが飾られていた。

オーバーバイエルンの田園風景は、絵本のページを見るように美しかった。
エクスプレスが通過する駅は他にもあったはずなのに、美しい名前のせいで、あの小さな駅だけを憶えている。

ドイツ語圏にはbrunn(泉)のつく地名はたくさんあるけれど、そこで時を過ごしたわけでもない小さな駅...何が印象に残るかわからないものだ。

泉は、生命に不可欠な水の源であり、生きた水の魔力は古くから知られていた。自然魔術によれば、泉や井戸にはそれぞれの守護精霊や女神がいたという。
イギリスには、井戸を花で飾るWell Dressing(井戸祭り)の伝統がある。これは元はケルトの祭りらしい。

古いメルヒェンにも、泉の出てくる話は多い。人間にとっての元型のひとつなのだと思う。
ほんものの泉にはめったにお目にかかれなくなってしまったが、澄んだ水の湧き出る泉をイメージすると、生命も魂も喜ぶ気がする。
  
posted by Sachiko at 21:16 | Comment(2) | ドイツ・オーストリア