2019年03月09日

手回しオルガン

「ムーミン谷の冬」より

トゥティッキは水浴び小屋をきれいにそうじして、もとの水浴び小屋に戻した。
お日さまは日増しにあたたかく照りかがやき、窓の外の土の下では、球根が芽を出そうとしている。

海の氷は割れて、ばらばらの氷の島になった。
ムーミンは海に落ちて風邪をひき、そのクシャミでママが目を覚ました。冬のあいだに何があったのか、ムーミンはママに話したいことがたくさんある。

翌朝、ちょうど目を覚ますべきときに、手回しオルガンの音がして、みんなも目を覚ました。
トゥティッキの手回しオルガンは鳴り続け、お日さまの光はムーミン谷に降りそそいでいる。
今日はきっとスナフキンが帰ってくると、ムーミンは考える。
オルガンを回しながら、トゥティッキは谷間の向こうへ去っていった。


こうして、ムーミン谷は春になった。
そう、これ、これ!と言いたくなるような、北の春の描写。

太陽は日ましに明るくあたたかくなり、あんなにうず高く積もっていた雪の山は、毎日少しずつ小さくなって、ついにある日、消えてしまう。
もうすぐ、雪がすっかり消えるよりも早く、薄くなった雪をつきぬけてスノードロップやクロッカスが咲き、チューリップが芽を出す。

ムーミン谷では、手回しオルガンの音とともにトゥティッキが行ってしまったあと、スナフキンが帰ってきて、橋の上でハーモニカを吹くだろう。

昔ウィーンの街角で、古風な衣装を来て、大きな箱型の手回しオルガンを奏でているおじさんを見たことがある。
街角の大道芸人たちは、今もいるのだろうか。
古いオルガンの音と、ゆっくりした時間が懐かしい。
 
posted by Sachiko at 21:50 | Comment(2) | ムーミン谷
2019年03月08日

冬の物語のおわり

「ムーミン谷の冬」より

ムーミン屋敷の冬のお客たちは去り、ふしぎな冬の生きものたちも、もう姿を見せない。
曇ったあたたかい夜に、ムーミンは、雪に埋まっていたドアを力いっぱい押し開けた。夜と松林の匂いが流れ込んできた。

「いまこそ、ぼくはのこらず知ったわけだ....ぼくは、一年じゅうを知ってるんだ。一年じゅうを生きぬいた、さいしょのムーミントロールなんだぞ、ぼくは。」

「ムーミン谷の冬」の最後の章、長い冬が終わり、すこしずつ春に移り変わっていくようすがリアルに感じられる。
春は、ムーミンが考えていたのとは違っていた。
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かれは考えていたのです。春というものは、よそよそしい、いじわるな世界から、じぶんをすくいだしてくれるものだと。ところが、いまそこにきているのは、かれがじぶんで手にいれて、じぶんのものにしたあたらしい経験の、ごくしぜんなつづきだったではありませんか。(本文より)

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ムーミンの物語はボーっと読んでいてはもったいない。
冬を生きぬいたあとに迎える春は、目を覚ましたらいつのまにか春だった....というのとは違っている。
ほんとうに春というものを知ったムーミンは、外に走り出ていっては新しい変化にうっとりする。

地面が顔を出しかけ、ブナのこずえの色が変わっている。お日さまの光がさしこんだ雪だまりはもろくなってひび割れている。海の氷は黒っぽい色になり、海が透けて見えるようになった。

雪と氷の真っ白い冬の景色は、長いあいだ変わらないように見えるのに、春が来るとさまざまなものが一気に動きはじめる。

北の国の春はこんなふうにやってくる。まだ雪が残っていても、大地が目を覚ましたことがはっきりわかるのだ。
 
posted by Sachiko at 22:06 | Comment(2) | ムーミン谷
2019年01月30日

冬のかがり火

「ムーミン谷の冬」より。

トゥティッキは今晩、冬の大かがり火を燃やすという。
「あんたのお日さまは、あしたかえってくるはずよ。」

北欧でかがり火といえば夏至祭りを連想するが、冬にもあるのだろうか。それも太陽が戻ってくる前日に?....と調べてみたが見つからなかった。
トゥティッキは、冬の大かがり火は千年も前からあると言っているが、これはトゥティッキらしい創作なのか。

戻ってくる太陽を迎える大かがり火....。オーロラや極夜など、ムーミン谷はずいぶん高緯度地域にあるらしい。

ムーミン家の庭の壊れたベンチも、大かがり火のたきぎになってしまった。大きい影や小さい影が、火の周りで踊り、姿の見えないトンガリネズミたちが歌っている。

すべてが燃えつきて燠になったとき、モランがやってきて残り火の上に座ると、火が消えてしまった。
トゥティッキは言った。

「あの人は、火をけしにきたんじゃないの。かわいそうに、あたたまりにきたのよ。でも、あたたかいものはなんでも、あの女の人がその上にすわると、きえてしまうの。」

さらにモランはムーミンの石油ランプのところへ行ったが、それもまた消えてしまった。

この場面は、後に「ムーミンパパ海へ行く」の中で、モランがランプの明かりを求めてやってくるところを思い起こさせる。そこでムーミンが示した友情を喜んで、モランはあたたかくなったのだ。

ムーミンが、見慣れない奇妙な生きものたちがうごめく冬というものを受け入れたことが、後にモランを受け入れることにもつながっていく。
太陽の出ない暗い冬をくぐり抜けることで、ムーミンは、美しい夏のムーミン谷だけでは得られなかった深みを知った。

ところで初めて雪が降ってくるのを見たときのムーミンの驚きは楽しい。

「雪って、こういうふうにふってくるのか。ぼくは、下からはえてくるんだと思っていたけどなあ。」

地面に積もっている雪だけを初めて見たら、それがどのようにしてそこにあるのか、わからないかもしれない。
降りしきる雪にうっとりしながらムーミンは思った。

「これが冬か。そんなら、冬だってすきになれるぞ。」
  
posted by Sachiko at 22:07 | Comment(2) | ムーミン谷
2018年12月27日

冬の守り人

「ムーミン谷の冬」より。

冬眠から目覚めてしまったムーミンにとって、冬に出あうものは見慣れないものばかりだ。

(たったひとりでも、ぼくがむかしから知っているものがいるといいんだがなあ…だれか、ふつうの生きもので、やっぱり目がさめて、さびしく思っているものがさ。)

ムーミンは、そんな見慣れないものたちのことを気にかけている。

「だって、あの人たちのことは、ぼく、なにも知らないんだものね....」

「…それはこういうわけなのよ」

と、トゥティッキは話し出した。この世界には、夏や秋や春には暮らす場所をもたないものがいるのだ....

「…みんな、とっても内気で、すこしかわりものなの。ある種の夜のけものとか、ほかのひとたちとはうまくつきあっていけない人とか、だれもそんなものがいるなんて、思いもしない生きものとかね....」

その人たちは一年中隠れていて、ひっそりした冬になると、やっと出てくるのだという。

ムーミンは、夏のムーミン谷のことを、「ほんとうの世界」と呼ぶ。でもトゥティッキは言う。

「だけど、どっちがほんとうの世界だか、どうやってわかるの。」

ムーミン谷は魂の中の世界のようだ。
だとすれば、冬の生きものたちは、ふだんは深いところに隠れていて意識の上に上ってこない、その魂の持ち主さえ、それが自分のものだと思えないような魂のはたらきにも見える。

トゥティッキはそうした生きものたちを知っていて、そっと見守り、姿が見えなくなったトンガリネズミたちといっしょに暮らしたりもする。

トゥティッキは、どこかスナフキンに似ている気がして、スナフキンの女性版のようにも見えるのだが、一方でまったく対照的でもある。
スナフキンは人の世話などまっぴらで、誰にも邪魔されずに自由でいたいと思うだろう。

スナフキンが南へ旅立ったあとの冬、トゥティッキは水浴び小屋に住んでいる。春には、スナフキンが帰ってくる前に、手回しオルガンを弾きながら谷間のむこうへ去ってしまった。
2人が顔を合わせることはない。もし会ったらどうなるのか、気が合うのか合わないのか、あまり想像がつかない。
 
posted by Sachiko at 20:04 | Comment(2) | ムーミン谷
2018年12月11日

姿が見えなくなった者たち

「ムーミン谷の冬」より。

ストーブの上の鍋の中でスープが煮えている。
鍋のふたがひとりでに持ち上がり、スプーンがスープをかき回す。別のスプーンがやってきて、塩壺から塩をすくって入れると、また窓ぎわに戻る。

ぼーっと読んでいると、トゥティッキは魔法使いなのか?と思う。
でもその前にトゥティッキはこう言っている。

「みんな、とてもはずかしがりやなもので、とうとうじぶんを見えなくしちゃったのよ。とても小さいとんがりねずみが、八ぴきも、わたしといっしょに、この家でくらしているんだけどさ。」

スープの番をしていたのは、姿が見えなくなったとんがりねずみたちだったのだ。
なんだかギクリとする。自分を隠すと、見えなくなってしまうのか.....
言いたいことを引っ込めて黙っていたり、感じていることを感じていないふりをしたり、そうしているとだんだん薄らいで、姿が見えなくなってしまう....?

トゥティッキが登場する場面は、シリーズではこの「ムーミン谷の冬」と、もう一か所ある。「ムーミン谷の仲間たち」の中で、いじめられすぎて姿が見えなくなってしまった女の子ニンニを連れてきて、ムーミン一家にあずけていくのだ。

見えているオーロラは、あるのかないのか。見えなくなったとんがりねずみは、いるのかいないのか。
トゥティッキの好きな“あいまいさ”がそこにある。
姿が見えなくなっても、トゥティッキにはその「存在」は見えているのだろうか。不思議なトゥティッキ。

スープの入った皿が空中をやってきて、ムーミンの前のテーブルに乗る。
見慣れない奇妙なものたちの中で、ムーミンは戸棚の中にあるはずの、自分の水着のことを思う。それがまだそこにあるなら、ここは確かにパパの水浴び小屋で、自分のアイデンティティの証明になるかのように。
(ふだんは裸のムーミン、水に入るときには水着を着るのか...)

でもなぜかトゥティッキは、あの戸棚を開けてはいけないと言う。中に水着はまだあるのかないのか、それもあいまいだ。
 
posted by Sachiko at 22:12 | Comment(3) | ムーミン谷