2019年01月28日

王冠

マリア・グリーペ「鳴りひびく鐘の時代に」より。

ヘルメル王は占星術師たちに囲まれ、星座のお告げを聞き集めた。話は思いがけない方向に発展していた。アンナ王妃にとってはとんでもない話だったが、これで多くのことが解決しそうに思われた。

ヘルメル王から促される前に、アルヴィドは自ら退位の意思を告げた。

ヘルメル王から聞かされた話にヘルゲは驚いた。
…こんなことにまで星が口出しするとは.....この話はヘルメル王と、今は天国にいる母さんだけにしか、かかわりがなさそうなのに....

エリシフの運命は当然アルヴィドに結びついていると思ったのは誤りだったと、ヘルメル王は言った。


儀式の間で、アルヴィドは臣下たちを忠誠から解き、王の象徴である剣や王笏を外した。そして最後に王冠を頭からはずし、ヘルゲの頭にかぶせた。
みんなの喜びの波が高まってヘルゲを取り巻いていた。
アルヴィドはもう注目の的ではなくなっていた。役目は終わった...

王国はうまくやって行けるだろう。
物語は、アルヴィドとエンゲルケの静かなシーンで終わる。ふたりとも、この先どうなるのか何のあてもないけれど.....


重厚で奥深い物語なので、こんなふうに表面を撫でて終わるのはしのびない気もする。
太陽や月や星々が、今とは違った意味を持って人々を照らしていた時代の香り。

アルヴィドを引きつけてやまなかったのは、永遠の生命を持つ、目には見えない高い真実の世界だった。
彼は、太陽をあこがれてやまない月の気持ちが、痛いほどよくわかった。月のあこがれは、アルヴィドの魂が永遠をあこがれるのと同じはげしさを、もっているにちがいなかった。


人間は、太陽型と月型に分かれるらしい。さらに、月型には二種類あって、太陽に憧れる月と、耽美、頽廃の世界に沈んでいく月とに分かれるのだとか。
これは、満ちていく月と、欠けていく月との気分の違いに似ているかもしれない。

明らかに太陽型のヘルゲとエリシフ、月型のアルヴィドとエンゲルケ。どちらにしても、この若者たちは、地上で眠る人間たちを超えたところで輝きを放っていた。
 
posted by Sachiko at 22:07 | Comment(2) | マリア・グリーペの作品
2019年01月27日

道化王

マリア・グリーペ「鳴りひびく鐘の時代に」より。

夏至祭には一日だけ、誰かがこっけいな道化王の役を演じるのが、昔からのしきたりだった。これまでその役は道化のアトラスが務めてきたが、なんとアルヴィドは、その役をヘルゲに務めさせることにしたのだ。

パレードの山車の上に、けばけばしい道化の衣裳を着て、鈴のついた冠を頭に乗せた道化王が座っていた。
人々は、本当の王には言えない日頃の不平不満を、道化王に向かってはきだし、思いきりからかってよいのだ。

これまで道化王を務めてきたアトラスは、何といっても庶民の側の者で、下品な冗談を浴びせてもよかった。だが今年の道化王は....

道化の衣裳を着ていても、この道化王の態度は気高く誇らかで、少しもこっけいなところがなかった。人々が戸惑う中、ひとりの農夫が、みんなが感じていたことを言ってのけた。

「あそこで冠をかぶっとるやつは、まあ....わしらの王さまより、ずうっと王さまらしいわい。」


ヘルゲにこの役を演じさせたアルヴィドの意図は何だったのか....
少し前、アルヴィドはふたたび変装して城を抜け出していた。ヘルゲと話したときにひらめいた奇妙な直感から、首切り役人ミカエルに会わなければという思いに促されたのだ。

ミカエルは、漁をするための小舟にアルヴィドを誘った。それが王であることはすぐにわかった。ふたりは長いあいだ話し込んだ。
事のしだいが、ようやく明らかになった....


王、道化、死刑執行人....タロットの絵のようだ。
マリア・グリーペは、ホイジンガの「中世の秋」に触発されてこの物語を書いたという。
私が特に心惹かれる時代や場所は多くはなく、中世のドイツと、古代のケルト・スカンジナビア文化圏くらいだ。

中世の街並みと称される場所の、オフシーズンのどんよりと暗い小路などでは、古い時間の層が実際の重さを持って降りかかってくるような感じに襲われたことがある。頭上で鐘が鳴ったりするとなおさらのこと。

現代の量子物理学は、中世の神秘主義的世界観との類似性を認めつつあるらしい。別の側面から眺めれば、宇宙も別の顔で顕れるのだろう。


昔のしきたりでは、道化王は仕事がすむと実際に首をくくられたが、今はまねごとだけだった。
絞首台から落ちて横たわっているヘルゲのそばにエリシフが現われ、額にくちづけをした。
やがて歌や音楽とともに、“死の舞踏”の波が進んでいった....
 
posted by Sachiko at 22:04 | Comment(2) | マリア・グリーペの作品
2019年01月25日

星と運命

マリア・グリーペ「鳴りひびく鐘の時代に」より。

アルヴィドは夏至祭のあとまで結婚式を延期したいと言い出した。
エリシフはアルヴィドのことがまったく理解できない。でも結婚は星のお告げで決まっていて、天命は変えようがないとエリシフは言う。
「星の定めには、すなおにしたがわないと....。」

姉のエンゲルケは、わたしなら自分で決めると言う。
「星に、なにがわかるの?――自分の考えや気持ちを信じないで、ひとにぎりの占星術師の言葉で決めてしまうなんて、わたしは、いやだわ、ぜったいに!」

そして真顔で言った。
「…結婚する前に、ようく考えなさいね。アルヴィドのためにも、自分のためにも、そして、もうひとりの人のためにも...」


エンゲルケは人々のあいだの奇妙な形式になじめなかった。
父が亡くなったときも、大事なのは父その人ではなく、葬儀だった。エリシフの結婚についても、大事なのはふたりの人間のことではなく、婚礼の儀式だった。
王や貴族のあいだでは、喜びや悲しみをあらわすのも礼儀の問題でしかなく、感情と結びついていない。

エンゲルケには、この先の自分の人生が見当もつかない。修道院に入るのがひとつの道かもしれない...


アルヴィドがやってきて、婚礼を取りやめにしたい、エリシフのほうからことわってくれるように、エリシフに話してもらいたいと言った。
「ぼくは、エリシフにふさわしい愛し方をしてあげられない...」

それから星の話になった。地球は丸い、平らではないのだとアルヴィドは言う。もうしばらくすれば、誰もがそのことを認めるようになるだろう、と。

「…新しい世界を迎えるためには、ぼくらのほうも変わらなければならない。知識を深め、感覚をみがかなくてはならないんだ。はてしない宇宙に浮かぶこの星、地球への、愛と理解を深めなくては...」

いつの時代にも、新しい時代を見据える人々はいる。
この言葉はそのまま現代人へのメッセージのようだ。それはそうだ、これは中世に舞台を借りた現代の物語だ。

アルヴィドはエンゲルケと話すときには、ヘルゲと話すときと同じような話し方をする。

「…地球はまだ“平たい”。人間はまだ眠っている。」

ふと「現在、人類の大部分は寝過ごしている」というシュタイナーの言葉を思い出した。
中世が終わって以降、人間は星々の力から離れ、唯物論の時代に突入した。現代においては、星と人間との真のつながりは忘れ去られてしまっているが...

この物語での星のお告げはどこへ向かうのか...。
300ページを超える物語をかなり端折っているので細部が伝わりにくいかもしれないが、宮廷付きの道化、死に装束の舞踏、修道士と首切り役人などなど、中世の香りが行間に満ちている。
 
posted by Sachiko at 22:09 | Comment(2) | マリア・グリーペの作品
2019年01月22日

ヘルゲとエリシフ

マリア・グリーペ「鳴りひびく鐘の時代に」より。

ヘルゲはアルヴィドのことを考えながら、いつかのゴブラン織りを見に出かけた。その途中、あのときと同じ扉の陰から、この世のものではないように見える少女の姿を見た。

中へ入ったとき、少女は生身の人間だとわかった。少女の姿は、ヘルゲの心の奥深くをはげしく揺さぶった。
・・この人もおれも、ちゃんと生きている・・・ヘルゲは少女の髪に触れ、そっとくちづけをした。自分の居場所、行くべきところは彼女のもとだと感じた。

「わたしは.....わたしは、王妃になりますの。」
だがエリシフは、アルヴィドのことがわからない、怖いと思っているのだ。
ヘルゲは言った。
「アルヴィド王に愛情が持てないのなら、妃になるのはよくないことだ。」

アルヴィド王とエリシフは別々の世界に生きている。うまくやっていけるはずがないと、ヘルゲは思う。


アルヴィドがヘルゲを部屋に呼び入れ、暖炉の前で話をしたときのこと...。
アルヴィドはこの闇と静けさがいちばんくつろぐ、ふだんなら理解できそうもない思いも浮かんでくるという。
「…神秘な声も聞こえてくる。こういうものがなければ、ぼくはこの世に生きるのがつらい.....。」

ふたりは多くを語り合った。ふたりの経験は、表面は別々なのに、中身はほとんど同じに見えた。
そして話はエリシフのことになった。

「ぼくにとってはその日その日が底知れぬ深淵.....こんなぼくのことが、エリシフにわかってもらえるはずがない。…あの子は深淵など、目に入らないのだ。エリシフの明るさは、ぼくに苦しみをもたらすだけだし、エリシフはぼくをこわがっているらしい。」


アルヴィドとエリシフの、相容れない別々の世界。でも二つの世界はヘルゲの中ではつながり、どちらのこともわかる....
ではヘルゲの世界はどんな世界だろう。
ヘルゲもエリシフのように、明るいよろこびの世界の住人だ。だが深淵も見える。光を掲げて深淵へ降りていき、そこを照らすこともできるだろう。
彼は・・・力強い生気にあふれた愛の人だ。

ヘルゲとエリシフが愛し合っていることに気づいている人はもうひとりいた。エリシフの姉のエンゲルケだ.....
 
posted by Sachiko at 21:51 | Comment(0) | マリア・グリーペの作品
2019年01月18日

友情をさがして

マリア・グリーペ「鳴りひびく鐘の時代に」より。

13歳で王位についてから、アルヴィドは誰に会っても生きている人間だと感じたことがなかった。

だがむち打ち式の日、王の身代わりとして立ったヘルゲの姿が心を揺さぶった。自分以外の人間に、感情らしきものを抱くことができた。

これが友情というものかとも思ったが、アルヴィドは自分が友情についてほとんど知らないことを認めていた。
変装して城を出たのも、友情について知りたいと思ったからだ。

だが人が集まる町なかでも、互いが兄弟と呼びあう修道院でも、アルヴィドが求めるような友情は見つからなかった。
かろうじて印象に残ったのは、路地でのふたりの少年の立ち話だった。
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「そうだ、言っとくことがあったんだ。でも、あしたでいいや。」
「いま言えよ。おれも、言うことがある。」
「そんなら、おまえ、先に話せよ.....。」
「いいんだ、おまえが先に言えよ.....。」

それきり静かになった。ふたりとも相手が先に話し出すのを待っているらしい。期待に張りつめ、ぴりぴりとふるえるような沈黙のあと、ひとりがはずかしそうに小声で言った。

「うーん、なに言うか、忘れちゃった.....。」
「おれも。じゃあ、またあしたな.....。」

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このささいな会話が、アルヴィドになぜか大きな感動を呼び起こした。ヘルゲのことを思い出したからかもしれなかった.....


少し前の「飛ぶ教室」関連で、友情は現代において失われてしまった美しいもののひとつだ、という話を書いた。

現代の若者たちは、集まって騒いだりする気軽な仲間はいても、ほんとうに深いつながりは持たずに孤独なのだ...と言われるようになってから久しい。
他者と深くつながることと、自分自身の深みに分け入ることはひとつだ。

ところでラテン系の人々はちょっとした顔見知りもみんな「アミーゴ(アミーガ)」だが、北ドイツや北欧の人々は、簡単には人と友だちにならないという話を聞いたことがある。
10年20年つきあっても友だちにならない。その代わり、いったん友だちになれば、生涯かけて誠実だという。北国気質....これは北欧の物語だ。

城に戻ったアルヴィドは、勝手に抜け出した罰として塔の一室に軟禁された。たくさんの本を持ち込み、軟禁生活を楽しんでいるようですらあった。
城の人々の中で、王がいなくて寂しいと思っているのは、ヘルゲひとりだった....
 
posted by Sachiko at 21:54 | Comment(2) | マリア・グリーペの作品