2020年11月24日

バラの眠り

今朝はうっすらと雪が積もっていた。
これくらいの雪は、すぐに融けてしまうだろう。
冬囲いを終えて、バラたちは眠りについた。

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これはリルケの墓碑銘になっているという、薔薇の詩。


  薔薇 おお 純粋な矛盾

  よろこびよ
      
  このようにおびただしい瞼の奥で

  なにびとの眠りでもないという            

           (富士川英郎訳)

この詩人はバラのトゲを刺して死んだと言われている。
(実際には、バラのトゲを刺したのが元で破傷風になったとか。)


枝が細目のバラはこうして囲っておくが、何年も経ってがっしりした大株になったものは、雪の重さにも耐えるので冬囲いをしなくても大丈夫だ。

今週の予報は雪だるまマークが並んでいるけれど、まだ根雪にはなりそうもない。
例年ならクリスマス市場が始まる季節、今年はそれも中止になった。

そんな騒ぎなどよりはるかに大きな自然界の法則のもと、バラは眠り、雪は降る。
来週からアドベント♪
  
posted by Sachiko at 22:24 | Comment(0) |
2020年11月03日

最後の花たち

チューリップの球根を植え終わり、今年も花の季節が終わる。
幾つかの青い花たちが、まだ咲き残っている。

サルビア・パテンスとコバルトセージ
サルビア属は秋遅くまで咲く

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初夏から秋まで咲くゲラニウム

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返り咲きのデルフィニウムと、やはり返り咲きのラベンダー

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毎年一番遅くまで咲いているカラミンサ
気温が下がると白い花が紫がかってくる

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ナスタチウムはやはり秋の花だった
大株に育って、まだ次々とつぼみをつけている

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一気に気温が下がり、夜半から雪になるらしい。
朝の庭はまったく違う景色になっているかもしれない。
  
posted by Sachiko at 21:52 | Comment(8) |
2020年10月19日

アナベルのドライフラワー

アナベルは、咲きはじめの淡い緑色が美しく、咲き切ると真っ白になり、枯れてくると再び緑色になる。

白く咲いているときはまだ水分が多いので、うまくドライにならず萎れてしまう。
ドライフラワーにするには、枯れて緑色になった頃がいい。

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こうして、アナベルは長く楽しめる。
秋には、枯れてなお美しいものたちが、澄んで淡くなった光を浴びている。

窓から見える山もすっかり紅葉になり、先日は初冠雪が観測された。
もうチューリップの球根を植え付ける時期になり、気がつけばフワフワと雪虫が飛んでいる。
  
posted by Sachiko at 22:07 | Comment(2) |
2020年06月26日

カンパニュラ・パーシフォリア

かなり前に近所の人から一株もらったカンパニュラ・パーシフォリアがこぼれ種で殖えている。

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妖精は釣鐘型の花が好きだと言われている。
文字通り“釣鐘”の名を持つカンパニュラはその代表格で、妖精にはカンパニュラのかたちの帽子をかぶせたくなるのだ。

300種類ほどもあり、さらに毎年新しい園芸種が作りだされているカンパニュラの中でも、カンパニュラ・パーシフォリアは目にすることが多い。

日本のキキョウは楚々とした秋のイメージだが、カンパニュラの多くは初夏に咲く。
宮澤賢治はカンパニュラの花が好きだったという話がある。
思えば『銀河鉄道の夜』のカムパネルラの名はカンパニュラそのものだ。

宮澤賢治の童話にはリンドウの花もよく出てくる。
キキョウと同じく秋に咲く紫系の花で、花が開いた姿はキキョウに似ているけれど、こちらはリンドウ科だ。

どちらも中に小さなものが棲んでいそうな姿をしていて、秋の花に棲む日本の妖精は、小さくはかなげに透きとおっている気がする。

今年の6月も梅雨のようで花の時期が揃わず、バラとラベンダーが少し遅れて、デルフィニウムが先に咲いてしまった。
繁殖力旺盛なカンパニュラ・パーシフォリアは元気で、種があちこちに飛んで今年も思いがけないところに咲いている。
  
posted by Sachiko at 22:45 | Comment(3) |
2020年05月22日

野のすみれ

家の裏にすみれがたくさん咲いている。
種類はわからない。北海道には数十種類の野生のすみれがあるという。
私が植えたのではなく、いつの間にか咲いていた。

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花が終わるとたくさんの種を飛ばし、地下茎でも殖える。このすみれはきっと、ここに家が建つ前からあったのだ。
地下茎がほんの少しでも残っていると、そこからまた芽を出し、そうしてそっと生き延びてきたのだろう。

一時、もっと強靭な植物(フキなど)に押されてかなり少なくなってしまったが、また盛り返してきた。
小さく可憐な姿ながら、野生種は力強く清々しい命の香りがする。

すみれを踏みそうになるとき思いだす、ゲーテのバラッド「すみれ(Das Veilchen)」は、小さなすみれの嘆きの歌だ。

羊飼いの娘が野原にやってくるのを見て、ちいさなすみれは憧れる。あのひとがわたしを摘んで胸に押しあててくれたら!
でも娘はすみれに気づかず踏みつけてしまった。
倒れてもすみれは喜んだ。あのひとに踏まれてその足元で死ぬんだもの・・・

この詩にモーツァルトが曲をつけている。
往年の歌姫エリザベート・シュヴァルツコップの歌で。


  
posted by Sachiko at 21:37 | Comment(0) |