2019年11月29日

細い月と惑星たち

南西の空の惑星たちの並びに、今日は月齢2.7の細い月が加わった。

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・・・このように並んでいたはずなのだが、実際にはまだ空が明るく、土星は見えなかった。もう少し暗くなるまで待っているうちに雲がかかってしまった。
明日天気が良ければ、月が土星の左側に移動しているのが見られるはずだ。

新月を過ぎたばかりのごく細い月は、ほんとうに美しい。

月のフェイズの変化は女性に例えられる。
明るい夕空の細いニュームーンはまだ幼い少女、やがてたおやかな乙女となり、上弦を過ぎふっくらした月は身籠った若い母の姿...

満月を過ぎて欠けていく月は、夜半遅くに昇るようになり、ずいぶん印象が変わる。

夜明け前の細い月は、向きが逆というだけでなぜこんなに違った気分を呼び起こすのか、とても不思議な気分になる。めったに見ることがないせいだろうか。

天空の存在たちは、確かに別の次元を生きている。
月や星たちを見ている時は、この世の喧噪が消えていることに気づく。
あのサム・ギャムジーが暗いモルドールの上空に輝く白い星を見上げ、影の達しえぬところにある永遠の美を感じたように...
  
posted by Sachiko at 22:03 | Comment(0) | 宇宙
2019年11月23日

金星と木星大接近

日没後の南西の空に金星と木星が縦に並んでいる。
近くには土星もあるのだが、まだ空が薄明るいので見えにくい。

mokukindo.jpg

金星は少しずつ見やすい位置に上ってきた。やはり金星の輝きは格別だ。

こうして、惑星は日々位置を変えながら廻っている。
地球と太陽、月、惑星たち、そして遠くの星々。

一日、ひと月、一年、更に長い時間の中で、星たちは宇宙のダンスを踊る。離れては、また近づき、二度と同じ並びになることはないのだろう。

廻っているものは、また帰ってくる。けれど、前と同じではない。
変わらない法則と変化し続けるものとが揺らぎながら回転するエネルギーは、いつも新鮮であり、同時に不思議な安心感をもたらす気がする。
  
posted by Sachiko at 22:38 | Comment(0) | 宇宙
2019年11月04日

宇宙に浮かぶ青い星

幼い頃、辛いことがあったときには「100年後」という遊び(?)に逃げ込んだ。

....100年後には、自分も、今周りにいる人たちも、誰ももうこの世にいない。今起こっていることも、起こらなかったも同然の些細なことだ。だから、何でもないんだ.....

なんだか子どもらしくない達観だ。
今となってはその辛いことの中身が何だったのかも憶えていない。


子どもは時にはずいぶん悲しく不幸になるものだということが、大人にはわからなくなってしまう...と、エーリヒ・ケストナーは言っていた。

「つまり、人形をこわしたからといって泣くか、すこし大きくなってから友だちをなくしたからといって泣くか、それはどっちでも同じことです。
・・・
子どもの涙はけっしておとなの涙より小さいものではなく、おとなの涙より重いことだってめずらしくありません。」


憶えていないが、人形を壊したというようなことでなかったことは確かだ。そして、私は泣けなかった。代わりに、宇宙に逃げ出した。

その想像の中で、私はなぜか宇宙空間に浮かぶ青い地球を離れたところから見ていた。
地球は宇宙に浮かぶ星だということをすでに知っていたのだろうか。本か何かで見たのかもしれない。

人間は地上に生まれた後、霊的にはどんどん下降していく。
この世では「働き盛り」と呼ばれる人生の半ばで最も地上的物質的になり、それから再び上昇に転じて、天に帰っていく。(現代人は後半の上昇が難しくなっているらしいが...)

この世の生を終えて地球を去るとき、魂は圧倒的な愛おしさを地球に対して感じるという。
そして地球に降りてくる魂は、大きな愛を抱いてやってくる。

地上にいるあいだは、なぜかそのことを忘れてしまっている。
人間を地に繋ぎとめる重力が強い時代が長く続いていたけれど、そろそろ風向きが変わる頃だ。

青く輝く地球が宇宙空間に浮かんでいる。
地球を外側から眺めたことのある宇宙飛行士の多くは、やはり圧倒されるような愛を感じたと言っているそうだ。
  
posted by Sachiko at 22:02 | Comment(0) | 宇宙
2019年11月01日

月や星を見る人は

日没後の南西の空で、木星と土星のあいだに三日月がかかっているのが雲の切れ間から見えた。月は、明日はもっと土星に近づく。

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晴れていて空の開けた所なら、地平線近くに金星と水星が並んでいるのも見えたはずだ。

しばらく見ることのできなかった金星が西の空に帰ってきた。
来月はもう少し見やすい高さに上がってくる。


月と星をうたった素敵な言葉をひとつ。

 夕空に金星を探し
 夜空に月をあおぐことができるなら
 あなたは きっと
 だいじょうぶ

(五十嵐香代子『いのちの詩、光のことば』より)
  
posted by Sachiko at 22:37 | Comment(0) | 宇宙
2019年07月22日

星の時間

ある種の小さな昆虫の中には、寿命がわずか1、2日というものがいる。羽化して、出会い、卵を産んで果てる。

今は医療技術などによってずいぶん長くなっているが、人間の元々の寿命は70〜72歳だそうだ。(日本で健康寿命の平均と言われているのがこのくらい)

プラトンの宇宙年と呼ばれる、地球の歳差運動により春分点が黄道上を一周する時間---約26000年、これを365で割ったものが人間の寿命だという。

人間の一生は、宇宙の1日。
小さな虫の一生は、人間の1日...

宇宙時間から見ると、小さな昆虫と同じようなわずか1日〜1日半くらいのあいだに人生というものがあって、いろいろなことが起こっているわけだ。

人間は便宜上、あらゆる時間を地球人間界を基準に計っている。
1年が365日というのも地球基準で、他の惑星ならまた違う時間になる。

さらに、太陽が銀河系の中心を回る周期がある。これも銀河系時間で、銀河系の倍の直径があるアンドロメダ銀河では、星々はまた違う周期を持つ。

全宇宙の共通時間というものはあるだろうか。何かの原子を基準にした時間など....?
いずれにしても、こうした計測できる時間は外的な時間だ。
それぞれの内的な時間には、それ自身の生命の横溢があるだろう。

ミヒャエル・エンデの「モモ」で、時間の国のマイスター・ホラの家には数えきれないほどの時計があり、それぞれ違った時間をさして、別々の音が絶えず鳴っていた。
けれどそれらの音全体は、夏の森で聞こえてくるような、規則正しい気持ちのよい響きなのだった。

あの時計の群れは、小さな昆虫や人間、遥かな銀河まで、存在がそれ自身であるときに奏でる、内的な時間の壮大な響き合いなのではないか、と思った。
  
posted by Sachiko at 22:42 | Comment(0) | 宇宙