2022年04月06日

見えないものたちとの暮らし

見える世界と見えない世界、世界が二つあるのではなく、それらは一体で、一方だけでは存在し得ない。

早春、草木が芽吹き、最初の花が咲く。
花は見えるけれど、花を咲かせるはたらきは見えない。

人間はいつからか、見えないものは存在しないことにしてしまったので、とても非現実的で危険な生き方をすることになった。


一枚の葉っぱの霊性。
一粒の雨の霊性。
一陣の風の霊性。

それらは見える部分よりもはるかに大きい。
太陽や月、遠い星々も、地上の小さな花と手を取りあう。
見えないものに取りまかれた暮らしは豊かだ。

これはずいぶん昔に書いたもので、たぶんここには載せていなかったと思う。


   〈妖精と暮らす〉

  水や風 鳥や虫や花々の
  いのちのながれを司り
  人の働きを助ける

  忘れ去られた彼方に
  時を分かちあっていた
  ちいさな者たち

  庭を舞う
  金に輝く夏の花粉の
  あるいは
  部屋の隅の翳りの中に

  棲みつづけ
  古い知恵を伝える者たちの
  言葉に 耳傾けて

  今ひとたび 妖精と暮らす
   
posted by Sachiko at 21:47 | Comment(2) | 妖精
2021年04月01日

チェンジリング

先日あるところで、妖精が人間の子どもをさらう物語は、自然界が人間の力を求めていることの表現だという話を聞いた。

チェンジリング(取り替え子)の話はケルト文化圏に多い。
典型的な話は、妖精が人間の赤ん坊をさらい、代わりにしわくちゃで醜い妖精の子どもを置いていき、その子は間もなく萎びて死んでしまう...というパターンだ。

置いて行かれたのは妖精の子どもではなく、年老いた妖精だという説もある。チェンジリングをうまく追い払うことができると、ゆりかごにはほんとうの子どもが戻ってきている。
妖精は自分たちの血統を良くするために、美しく健康な人間の子どもを欲しがるのだそうだ。


シュタイナーの妖精論では、人間が世界の事物をただ見るだけではなく、理念・概念・美の感情などによって精神化するとき、精霊たちを救済し解放することになる、と語られている。
それは物語の世界とは異なるが、その背景にあったものだ。

自然界の背後の霊的存在を知覚する霊眼が、しだいに朦朧とした残照のようになった時代が中世だという。その残照が、伝承物語のかたちを取っていったのだろう。


人間は自然界に属していて、そこでの役割を持っている。
人間が介入しない、いわゆる“手つかずの自然”のままにしておくのよい考える人もいるが、やはり自然界は人間の手と意識、何より霊性を必要としている。

自然界を、自分自身と切り離された単なる物質資源としてしか見なくなった人間は、救われない妖精たちによって魔法をかけられてしまったチェンジリングのように見える。

地球にやさしいという名目のあれこれの技術開発よりも、魔法を解いて本来の人間を取り戻せば、自然と人間とのほんとうの関係が見えてくるだろう。妖精は人間が必要なのだ。
  
posted by Sachiko at 22:40 | Comment(0) | 妖精
2020年06月23日

夏の夜の夢

シェイクスピアの「夏の夜の夢」、夏の夜がいつなのかについては諸説あるが、私はやはりヨハネ祭のイブだと思いたい。

地方にいるとシェイクスピア作品を舞台で観る機会はめったにない。
「夏の夜の夢」はかなり昔、バレエ版を二つ観たことがある。

ひとつは英国ロイヤルバレエ団によるもので、もうひとつはリンゼイ・ケンプバレエ団の作品を映画化したものだった。

何となくイギリスの夏を連想してしまうけれど、作品の舞台はギリシャで、アテネ近郊の森だ。

ハーミアとライサンダー、ヘレナとディミトリアス、妖精王オーベロンと女王ティターニア、ロバ頭の織工ボトム、そしていたずら好きな妖精パック。

パックが持ち込んだ惚れ薬のおかげで、人間たちと妖精たちがおかしな行き違いを起こして大騒ぎ。

舞台劇でもバレエでも挿絵本でも、「夏の夜の夢」は、これぞ妖精の世界のイメージそのもののように、ほんとうに美しく楽しい、

メンデルスゾーンの〈夏の夜の夢〉の中の『妖精の歌』は、夏至前後のこの季節には必ず聴きたくなる。


  
posted by Sachiko at 22:14 | Comment(0) | 妖精
2020年06月10日

ドワーフが語る物語

「NATURE BEINGS -encounters with friends of humanity-」(Margot Ruis著)より。

----------------

私たちの時代よりも前、地球は赤熱していました。
私たちドワーフにとってはまだ暑すぎましたが、赤熱した地球には他の存在、火の地球霊がいました。

まだ植物も木もありませんでした。
すべてが剥きだしで燃えていました。

それから地球は星々で満ちている空間を通り抜けて、とてもたくさんの星の光がその上に降りそそぎました。

星の光の一部は地表にとどまり、後に植物や動物になったほか、地中に深く浸透するものも多くいました。
それらの一部は、まだ地中に隠されて横たわっている高貴な力になりました。

やがて地球は冷えて、私たちにとって、星を均等に分配するという仕事が始まりました。
地球上の生命は地球の中にある星の力を必要としていたからです。

はるか昔のその時から、私たちは地球内部の星のエネルギーを、植物、動物、人間、そして他の多くの存在が生きることができるように、深いところから地表に運んでいるのです。

-----------------

古くから、ドワーフは鉱山の小人だと伝えられている。
昔の鉱夫たちはドワーフと親しむことで、鉱物の秘密を知りえたのだろうか。

星の世界から地球に降りた光が、地中深いところに隠された高貴な力になったというのは、美しいイメージだ。
ドワーフが語るように、すべての生きものは、生きていくために鉱物の力を必要とする。

フィンドホーンの創設メンバーのひとり、ドロシー・マクレーンは、鉱物のディーバとコンタクトした時のことをこう書いている。

「鉱物は植物よりも下位の生命体であるからには、そのディーバも原始的で素朴な知性の持ち主だろうと私は推測した。
びっくりしたことに、私はこれまでに出会った中で一番強大な存在と、心を通わせ合っている自分を発見したのだった・・・」

シュタイナーも、鉱物は宇宙的な規模で、霊界に非常に高いレベルの自我を持っていると言っている。
鉱物ははじめは液体のような存在で、それが冷えていく段階で星の力が作用して結晶化したという。

これはドワーフが語っていることそのものに見える。
妖精たちが語る彼ら自身の物語は、美しく壮大だ。
  
posted by Sachiko at 22:04 | Comment(2) | 妖精
2020年06月08日

一本の古い木の物語

「NATURE BEINGS -encounters with friends of humanity-」(Margot Ruis著)より。

ブナのディーバが語った創造の神話は次のようなものだった。

-----------------

妖精たちはどのように地球にやってきて木の精になったのかを、私は父祖たちから伝え聞きました。

一本の古い木があり、幹は山のように大きく、根は谷のように拡がって、枝は太陽や月や星にまで伸びていました。

枝はそれぞれに、異なる葉や果実をつけ、木にやってくる生きものたちは皆幸せに満ちていました。

ある日、高い枝に星が引っかかりました。
星は、優しく美しい存在たちの住処でもありました。
彼らは自由であるのが常でしたが、星が枝に引っかかっていたので、そこから去ることができませんでした。

それで、星の存在たちは地球にとどまり、妖精と呼ばれるようになりました。妖精たちは一本の古い木のそれぞれの枝に分かれて住み始めました。

木の実が育って木になり、やがて無数の木が森を作りました。今では、星にはあまり多くの妖精が残っていませんでした

どの木も自分の妖精を欲しがったので、妖精たちはどうしたらよいかを話し合いました。

妖精たちは木をとても愛し、女性と男性の妖精が心の中の愛と深く結びついたとき、新しい妖精が生まれました。
木のために良いことをしようという愛情と憧れとが、こうして新しい妖精を生み出したのです。

妖精はすぐにたくさん増えて、木がひとりぼっちでいることはなくなり、すべての木が妖精によってとても幸せになりました。

-----------------

天にまで届いている大きな木は、宇宙樹ユグドラシルを思わせる。

シュタイナーの妖精論によれば、天界の天使たちから分かれて自然界に降りたのが妖精たちだと言われている。
ブナのディーバが語った物語も、木の立場からそのことをなぞっているように見える。

地上で動物や植物という違った姿をまとったものたちも、物質体を持たない妖精たちも、遥かな神話の源では人間の兄弟姉妹だった。

神話を失って「この世」のみに生きるとき、人間は孤独になり始める。(※文学としての神話や、特定の民族の神話を指しているのではない)

神話は天と地を繋ぎ、かすかな天の思い出を響かせる。
人間も遠い昔に地上に降りてきた星の子だったことを思いだせるように。
   
posted by Sachiko at 21:33 | Comment(0) | 妖精