2021年01月21日

「月夜のみみずく」

「月夜のみみずく」(Jane Yolen / John Schoenherr)

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冬の夜ふけ、とうさんと“わたし”は、みみずくを探しに森へ出かけた。

みみずくに会いにいくときは、しずかにしなくちゃいけない。

森につくと、とうさんは、わしみみずくの声で呼びかけた。
“ほうーほう ほ・ほ・ほ ほーう”

それからもずんずん歩いて、森の中にはいりこむ。
森のあき地を、真上から月がてらして、雪はミルクより白い、まっ白。

もの音を聞きつけて、とうさんは呼びかけた。
“ほうーほう ほ・ほ・ほ ほーう”

へんじが、かえってきた。
“ほうーほう ほ・ほ・ほ ほーう”

とうさんとみみずくは、おしゃべりしているみたい。

みみずくの声は近くなり、とつぜん、わたしたちの真上をとんだ。

木のえだにとまったみみずくと、わたしたち、じっと見つめあった。

やがてみみずくは、おおきなつばさ動かして、森のおくへと帰っていった。

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 みみずくに あうときは
 おしゃべりは いらないの
 あいたいな あえるかなって
 わくわくするのが すてきなの
 それが とうさんに おそわったこと

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これまでも何冊か紹介した、ジェーン・ヨーレンの作。

冬の森は、静かで、美しく、厳かだ。
そこに息づくものたちも、威厳に満ちている。

森の生きものたちに会いたければ、その威厳に敬意をはらい、ふさわしい態度で近づかなくてはならない。

凍てつく冬の夜、少女は初めてみみずくに会いにいく。
針葉樹の暗い影と、真っ白に輝く雪。
木の祠から顔をのぞかせる小動物....

そして、大きく翼を拡げたみみずく....
けれど冬の森に、多くの言葉はいらない。
それ自身が語る沈黙で十分だ。


北海道にのみ生息するシマフクロウは、昔ずっと「縞フクロウ」だと思っていたが、後日「島フクロウ」だと知った。

これも絶滅危惧種だ。営巣できる場所が少なくなってしまったのだ。
野生の生きものたちが生き延びるためには、人間も自分のほんとうの姿を思い出さなくてはいけないだろう。
   
posted by Sachiko at 21:59 | Comment(0) | 絵本
2020年12月10日

「ふゆのはなし」

「ふゆのはなし」(エルンスト・クライドルフ)

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これは、以前紹介した「くさはらのこびと」といっしょに、昔誕生日にもらった絵本だ。

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つよい風がふいて雪がふる日、三人の小人のなかの、年よりの小人がいいました。
「これが、あの雪あらしかなあ?」

七年ごとに、雪あらしの中を、白雪姫が七人の小人に会いにおりてくるというのです。

三人は、いとこである七人の小人のところへでかけました。

ナナカマドのしげみでは小鳥がさえずり、森の木々はふかく雪をかぶって怪物みたいに見えます。

その晩は雨がふって雪がとけ、またこおって、池では氷の精たちがスケートをしていました。

カラマツの木の上からリスたちが、
「どこからきたの?どこへいくの?」とききました。

「七人の小人のところへさ」
そう聞くとリスたちは、そりをひいて、七人の小人の家の近くまで走ってくれました。

七人の小人はよろこんで三人をむかえました。
今夜、白雪姫のための宴会があるのです。

白雪姫は、昔、七人の小人たちとくらしたときのことを、なつかしそうに話しました。

うつくしい夜、白雪姫は氷の精たちといっしょに氷の上を踊りながらすべりました。
つぎの日は、そりあそびや雪合戦、こおった森では、落ちてきた雪でみんな真っ白。

日ぐれが近づくと、みんなはしゃべらなくなりました。おわかれの時がきたのです。

「わたしのいられる時は、これでおしまいなの。いとしいこと、うつくしいこと、なにもかも、ほんとうにありがとう!さようなら!さようなら!」

そして白雪姫は、雪のうずに包まれて空高くのぼっていきました。

三人の友だちも帰って、七人の小人だけになりました。
白雪姫はどこにいったのか、それはまた次に白雪姫がもどってきたときに聞いてみることにしましょう。

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やさしく美しい、冬の物語。

白雪姫はどこか空の上で、七人の小人たちはどこかの森で、今も生きているらしい。
それはそうだ、ドワーフたちは人間よりも古くからこの世界にいるのだから。

クライドルフやエルサ・ベスコフ、ジビュレ・フォン・オルファースといった、19世紀後半に生まれた絵本の創り手たちの作品は、どれも素朴でやさしい。

現代人の感覚からは、絵もお話も素朴すぎると感じるかもしれない。
それほど、現代の子どもたちを取り巻くものは強い刺激にあふれている。

これらの古い絵本は、ろうそくの明かりの中で静かに読み聞かせるのがふさわしい、昔ながらの手作りのビスケットのような味わいだ。
せめて人生の最初の数年は、穏やかでやさしくゆっくりした時間のなかで、しあわせに暮らしていいのではないかと思う。

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アドベントも二週目。今年のヘクセンハウス♪

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posted by Sachiko at 22:17 | Comment(2) | 絵本
2020年12月02日

「クリスマスの絵本」

「クリスマスの絵本」(スベン・オットー)
デンマークの画家スベン・オットーが自ら文章も手掛けたクリスマス絵本。

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百年か、それより、もっと昔のクリスマス・イブ.....

大通りにはたくさんの人の群れ、広場ではモミの木や野菜や果物が売られている。
裏通りには貧しい人々が通る。買い物をする人はわずか。

大広間にはストーブがもえてモミの木が飾られ、ロウソクが輝く。
子どもたちはその周りを輪になって踊り、家族のものはプレゼントを交わす。
召使いたちは見ているだけ。

台所ではここ二、三日、ケーキを焼いたり料理を作ったり。
かまどで焼いた大きな七面鳥...

田舎でも、仕事は早めに終わり、そろってテーブルを囲む。
雪の野原の上に星々が輝く。

クリスマスの朝も凍てついたままやってくる。
壁ぎわにふるえてすわり、小銭を乞う人...

教会に行ったあとは、新しい服を着て友だちをたずねあう。
裏通りの貧しい人には縁のないクリスマス。

金持ちの人はダンスパーティ。
たのしいたのしいクリスマス。

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天にまします、われらの父よ!
すべての人に富を。すべての人に愛を。

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最後の見開きページは、雪が降りしきる野原。


裕福な人々と貧しい人々のコントラストは、「マッチ売りの少女」のようで、あれはアンデルセンの時代のデンマークのリアルな現実から生まれた物語だったと知る。
あの北欧にもこんな時代があったのだ...

19世紀の北欧の階級社会は、古い映画「ペレ」を思い出す。
この絵本はあれほど悲惨な描き方ではないけれど。

ちなみに「ペレ」は、私が二度と観たくないと思う三つの悲惨な映画(※)のうちのひとつだ(>_<)
(※「ペレ」「嘆きの天使」「大人はわかってくれない」)

サンタクロースも奇跡も出てこない、100年かそれ以上前のクリスマスを描いた物語。

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〈ばらの実の灯り〉  https://fairyhillart.net

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posted by Sachiko at 22:11 | Comment(0) | 絵本
2020年11月27日

「1993年のクリスマス」

「1993年のクリスマス」(文 レスリー・ブリカス / 絵 エロール・ル・カイン)

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この本の初版は、まだ1993年がほんの少し未来だった1987年。

・・・はじめのころは、サンタのしごとは楽しかった。
地球上の人の数は少なく、くらしは平和で、せかせかしていなくて、ちょっとのことで満足して、幸福というものをだいじにしていた。

時がたつと、世界は変わった。人間の望みは大きくなるばかり。
サンタのしごとはふえていった。
世界はばかげた規則でいっぱいになり、どこを通るにもたくさんの書類がひつようになった。

1993年、手つだいの小人たちがストライキを起こした。
きらいなおもちゃを作るのがいやになったんだ。
昔からのしきたりをだいじにし、古いものがすきな小人たち。
でも今はなんでもテクノロジーだ。

1993年のクリスマス。
地球には安全なところはないみたいだった。
サンタはハイジャックにあい、テロリストにばくだんを投げられ、麻薬密輸人だとうたがわれ、国家警察に、サンタであることをしょうめいしろといわれたり...

世界じゅう、まともじゃないようだ。
サンタはもう、世界いっしゅうはしないときめた。
クリスマスというものは、おろかでよくばりな人間とはかんけいないものにしなければ。

ほんとうのクリスマスはどうあるべきか、考えてみよう。
さもないと、1994年には、もうクリスマスはなくなってしまうぞ。


その1993年も昔になって、もうすぐ2020年のクリスマス。
世界はますますまともじゃない。

小人たちが好きだった、ほんとうのクリスマス。
静かでおごそかで、子どもたちは素朴なおもちゃに目を輝かせ、ちいさなものを分かちあって幸せになれたクリスマス。
なんだかとても懐かしい.....

ギラギラと明るすぎる光は闇を追い出し、小さな灯火は闇をも照らす。
闇は灯火にかしずくように変容する。
静かな冬の夜の小さな灯りは、ほんとうにあかるく暖かいことを思い出す。
  
posted by Sachiko at 21:40 | Comment(0) | 絵本
2020年10月28日

「ユニコーンと海」

「ユニコーンと海」(フィオナ・ムーディー)
とても古いけれど、秀逸な絵本。

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あらすじ
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昔あるところにユニコーンがいました。
ユニコーンは泳ぐことができなかったので、水のそばに行かないよう気をつけていました。

ユニコーンは、自分にはミツバチやヤギやメンドリのように、しなければならない仕事がないことを悲しく思っていました。

ある晩、助けを呼ぶ声が聞こえてきました。
ハルピュイア(※ギリシャ神話の、人間の頭と鳥の身体を持つ怪物)にさらわれた、海の王の娘のウラが、岩の上からさけんでいたのです。
これまで誰かから助けを求められたことのないユニコーンは、勇気がわいてきました。

ハルピュイアは海の国を乗っとろうとしていたのです。
娘が助かったことを知らない王さまが、ハルピュイアに降参してしまうまえに、海へ帰らなくてはなりません。

ユニコーンはウラを背中に乗せて走り続け、ようやく海岸に着きましたが、小さいウラはひとりで沖まで泳いでいくことができません。
でもユニコーンは泳げないのです.....

それでも海へ飛び込んだユニコーンは、水の中を走るうちにいつしか泳げるようになっていました。
ウラの姿を見つけた王さまは力を取り戻し、ユニコーンの勇姿に驚いたハルピュイアたちは逃げていきました。

ウラは、力尽きたユニコーンが海の底へ沈んでいこうとしているのに気づきました。
「パパ、私をたすけてくれたユニコーンが死んでしまう!」

王さまは宣言しました。
「われわれの友人のユニコーンを、兄弟のようにむかえようじゃないか。かれはこの国で、海のなかまとして生きるのだ」

そしてもし陸に帰りたくなったときには、ユニコーンに戻れることになり、ユニコーンは海の一角くじらとして生まれ変わったのでした.....

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ユニコーンという存在は魅力的だ。
実際に見た人はいないのに(たぶん)、それがどんな姿をしたどんな存在なのかを生き生きと思い浮かべることができる。

一方、実在する一角クジラの角は、まるで絵に描かれたユニコーンの角にそっくりで、地球生物の造化の妙には驚く。

ユニコーンは神話や物語の世界の生きものだから、地上をどこまで旅しても見つけることはできない。
でも魂の内側に旅をするなら、ユニコーンの棲む世界は、人間と共有されていて地続きだ。

そして人間は、ときどきその世界に旅をして、ユニコーンや、地上に降りなかった他の存在たちに出会うことが必要なのだと思う。

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posted by Sachiko at 22:42 | Comment(2) | 絵本