2020年03月31日

「マーヤのやさいばたけ」

「マーヤのやさいばたけ」(レーナ・アンデルソン)

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雪が降っている窓の外を眺めながら、マーヤは思います。

 ふゆが おわって はるが きたら
 はたけで やさいを つくるんだ

何の種をまこうか、道具は何がいるかしら?
そしていよいよ種まきです.....

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赤紫のビーツ、パイにするとおいしいルバーブ、
友だちを呼んでハツカダイコンのパーティ....

ニンジン、エンドウ豆、キャベツにトマト、ほかにもたくさん。そして小さなハーブガーデン....

野菜たちが育った夏が終わり、秋にはナスタチウムが咲いている。

 おもいでは そっと ポケットに しまいましょう
 らいねん あたたかく なるひまで


マーヤは自分で育てた野菜の美しい色やかたちを愛で、料理して、友だちにふるまい、楽しむ。
そこには静かなほんとうの喜びがある。植物のいとなみとともに暮らすマーヤの傍には、自然なしあわせが満ちている。

ナスタチウムは北欧では秋の花なのか....
そういえばそうかも知れない。たしかに秋遅くまで咲いていた。

私も今年は小さな庭を少し改造してポタジェ(花と野菜の混植地)にしようと思っている。

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posted by Sachiko at 22:29 | Comment(0) | 自然
2020年02月29日

木の影

雪の上の、木の影....

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葉っぱが落ちて、裸の木そのままの影は、何の変哲もなさそうでいて、注意を向けて見ることはあまりない。

下に草や落ち葉があるときは、影はこのようにはっきりとは見えず、真冬は晴れる日が少ない。

地面に雪があり、日差しが強くなった春先の今頃にだけ、この影は不意に目を惹く。

木の周りをゆっくりと廻る影は、こんなに美しいのだ、と思う。

今日は一日中氷点下だったけれど、雪があっても氷点下でも、季節はもう冬ではない。
   
posted by Sachiko at 21:30 | Comment(0) | 自然
2020年02月07日

雪を聴く

昨日の朝までに雪が40センチ積もって、ようやく平年並みに追いつきそうな積雪量になり、今朝までにさらに数センチ降った。
風がなかったので吹雪にはならず、まっすぐ静かに降っていた。

雪は音を吸い取る。
雪が降り積もるときの深い静けさ....
音のない状態がゼロなら、雪は言わばマイナスの音だ。

どんな小さな音でも、音は外に向かって放たれるが、雪の音は内へ向かう。物理的な感覚では聞こえないそれを音と言えるかどうかわからないけれど、耳を傾けたくなる。

それはどこか別の次元に入り込むような感じだ。
空の高いところで形成された結晶が、溶けずにそのまま地上まで降りてくる。奇跡のような美しいかたち....

雪の結晶には、2つとして同じかたちはないのだという。
子どもの頃、降ってくる雪を手袋に受けとめて、小さな結晶を見るのが好きだった。

当時はまだ冬が長かった。
10月の末に初雪が降り、11月半ばに根雪になって、12月からは真冬日が続き、冬に雨が降るなど考えられなかった。
3月にようやく真冬日を脱し、4月半ばを過ぎて根雪が消えたのだ。

半年近い冬は、ムーミンたちの冬眠の時期と同じだ。
長い冬のあとに迎える春は、輝きそのものだった。
身体も魂もあの冬を恋しがっている。せめて大雪が降った日には、静かに雪を聴きたいと思う。
  
posted by Sachiko at 21:37 | Comment(2) | 自然
2020年01月10日

雪がない!

雪が少なすぎる。
これは2メートルの木ではなく、20センチほどのリンゴンベリーだ。

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冬至の前後、クリスマスの頃には、深い暗闇と凍てついた寒さが必要なのだが、それがないまま年が明けてしまい、最高気温はプラスで、光は春の気配を帯びている。

ここ数年、雪の時期が後ろにずれている。
でも2月3月に大雪が降ったとしても、それはもう真冬の雪ではない。冬を体験している気がしない。これはもう危機だ。

常夏の南の島を楽園などと呼ぶのは、寒い地域があってのことだ。地球全体が常夏になったら、誰もそれを楽園とは言わないだろう。

ある種の植物には、充分な寒さを経なければ発芽や開花をしないものがある。もしも地球が常夏になってしまったら、チューリップや水仙、クロッカス、プリムラなどを見ることはできなくなる。

「この時期、本来の覚醒状態にある冬の大地は、覚醒した種子を受粉のように受け入れられるようになり、春の発芽を準備します。
・・・真冬に繰り広げられる、この独特の生命のあり方に比較できるものは、さわやかな眠りのあとで、朝、世界との関係をふたたび受け入れる人間の目覚めの体験だけです。」(ヴァルター・クロース『大地の四季---季節の錬金術について』より)

まさにそのとおりで、本来の真冬がなければ、深い眠りをさまたげられたまま朝を迎えてしまった気分になる。

温暖化は物理的に見ればCO2が深く関わっているのかも知れないが、単にそれだけではない。
気象は心魂の反映だ。温暖化し、深いところで覚醒する冬がなくなるのは、人間の魂の浅薄化が一因だと私は思っている。

天気予報で、現在の札幌の積雪は8センチだと言っていた。ゼロがひとつ少ない!
  
posted by Sachiko at 22:51 | Comment(2) | 自然
2019年12月17日

白という色

外は雨。クリスマスに雪がないかもしれない....(>_<)

地球の気温が上がり続けることで起きる物理的なダメージについては、多くの場で語られているのでここでは触れない。

温暖化の結果について私が危惧することは、「寒い国」がなくなってしまうことだ。
つまり「寒い国の人々」もいなくなってしまう。

ゲーテはその色彩論の中で、純粋な白は光の代わりであり、厳密には色彩とはいえないと言っている。
一面真っ白な雪と氷の世界・・・白は光の色であり、霊性の色だ。
真っ白い雪原を見るときの気分は、単に物質としての雪を見ているのではない。

自然霊たちが内界に退いて、小動物や植物も眠りに入る冬は、深い内側から宇宙の霊性が立ち現れる。

生命が外に向かって横溢する熱帯が、呼吸の一方の極ならば、必ずもう一方も必要なのだ。
鳥や昆虫、植物は、熱帯地方へ行くほど大型で色鮮やかになる。

北方では、野花は小さく楚々としている。昆虫も、ウスバシロチョウの仲間などは翅が薄く透きとおって、最小限の物質性だけを残して霊化していく途上のように見える。

地球には、雪に覆われた凍てつく冬が十分な長さで存在する地がどうしても必要だ。
...なのに、今年はまだ根雪にさえなっていない。

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「FIRST SNOW」 https://fairyhillart.net

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posted by Sachiko at 22:58 | Comment(0) | 自然