2021年12月31日

7月に向けて---第七夜

-----

シュタイナーが伝えた12夜の話から

私たちの3つの魂の力、すなわち、感情、思考、意志をよりいっそう意識するようになると、多くの繰り返されるパターンが見えてくる。
私たちは、特定の感情を持ち、特定の考えを持ち、特定の方法で行動する傾向があることが明らかになる。

私たちのことを知っている人なら誰でも、そのことを告げてくれる。
心理分析家はそれを研究し、私たちが特定の状況でどのように反応するかを予測することができる。

これが私たちの個性であり、性格なのだ。これらの個人的な傾向は、生涯にわたって発達してきた。
私たちの性格の強さや気質は、私たちの魂の中にある“私であるもの”の影響に直接つながっている。

私たちの最も有意義な活動、それは“私であるもの”が魂の中で考え、“私であるもの”が魂の中にある種の感情を呼び起こし、特定の方法で行動するように動機づけるのも“私であるもの”だということだ。

もしこれらのことを無意識に野放しにするなら、私たちはもはや、外部の力によって動かされるだけの操り人形のようになってしまう。
自由もなければ、自分の人生の出来事を理解することもできない。
さらに、ある状況下では、好ましくない反応をしてしまうこともある。

私たちに起こる個々の出来事はすべて、私たち自身が過去の人生で行ったことに起因する。
今、私たちは、自分が作り出した原因の影響を引き受けている。
これはかなり破壊的なものに思えるかもしれないが、実のところ全く逆である。

私たちが為してきたすべてのことは、“私”という存在に気づくためのものだったのだ。
私たちの歩く道は、"キリストを受けた者 "であるイエスの人生で辿ったように、痛みと悲しみの道である。

私たちは、この地上の道を完全に歩んだ偉大な“私”であるイエスの足跡を辿る。
彼は私たちに道を示す。自分の行為の結果に対し、痛みに苦しむか、自分の目的を果たしていることを自覚して得られる喜びを味わうのか...どのように受け入れるかは、私たちの選択なのだ。

-----

12夜の旅も折り返し地点になった。
そして...この旅は手厳しくも深い。

人を操り人形にしようとする力が跋扈している現代、人間であることのすべて---何を意図し、感じ、考え、行うのかは、“私”にかかかっている。

「日々自分の十字架を背負って私について来なさい」(ルカ9-23)というのは、こういうことなのだろう。

“私”を生きるのか、周りの動向や損得や外部からの力など“私”ではないものを動機にするのかで、これからの時代は道が分かれて行くだろう。

何が起こったとしても、生きていてよかった、と思えるなら、カルマを正しく歩んでいるのだそうだ。
  
posted by Sachiko at 11:46 | Comment(0) | クリスマス
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]