2021年07月20日

「華氏451度」・6

まだ続く「華氏451度」。
モンターグは老婦人の家を燃やした時以降、仕事の度に少しずつ本を家に持ち帰っていた。
本を読むことの中には、何か重要なものがあるのかもしれない....

最後にもうひとりの人物、元大学教授のフェーバーが登場する。
彼は以前、本を持っているところをモンターグが見逃してやったのだ。
なぜ“元”なのかと言えば、大学が閉校になったからだ。

本を読むことが禁じられたこの時代の教育はどうなっていたのだろう。
本を読んで考えを巡らせ感情を味わうこととは対極のような、コンピュータによるデータ処理やプログラミングがメインになっていたのだろうか。


家を訪ねてきたモンターグに、フェーバーは語る。
彼はかつて焚書計画が進行していった時、声を上げる勇気を持てなかったことを悔いているのだ。

本そのものではなく内容が重要だと言ったのはフェーバーだ。
そして、本を読むことがもたらすゆっくりした時間と、能動的にものを考えること、それらが失われたのは必ずしもテレビのせいだけではなく、人々が自発的に読むのをやめてしまったからだ、とフェーバーは言う。


本は「言葉」で書かれている。
言葉は単なるコミュニケーションの道具だと考える人が今では多いらしい。
SNSなどで使われる略語でも、とりあえず意味は通じるかもしれないが.....それは、かつて言葉だったのが記号化されたものだ。

マックス・ピカートが『沈黙の世界』の中で書いている“騒音語”という言葉を思い出す。
人間という背景を失って記号化された言葉は、その騒音語ですらないものに解体されて見える。

現代語の記号化断片化のプロセスは、まさに華氏451度の世界に重なる。
「わたしの言葉」が、魂を伴わない、意味伝達のみの記号と化したとき、「わたし」は何者でどこにいるのだろう。
  
posted by Sachiko at 22:29 | Comment(2) | SF
この記事へのコメント
”能動的に考える”

時間をかけて
じっくりと考える。
そうすると
たくさんの疑問が湧いてきて、
更に多面的に考える。

こういうプロセスをすっ飛ばして
すぐにネット検索して
わかったつもりになる。

浅はか
というのは
正にこういうことなんじゃないかと・・。

答えを拙速に求めず、
読みながら考え
考えながら読む。

答えが重要なのではない。

このプロセスが
地層のような
深い思考を形成し、
「わたし」を創っていく行為
なのだと思うのです。


Posted by しゅてるん at 2021年07月22日 07:10
「現代の7つの悪」のひとつに、
結果主義というのがありますね。

本来はゆっくりと豊かに育むはずの教育も、
一定時間内にできるだけ多くの“正解”を
当てた者が勝ち、になっている。

マークシート方式になってからは尚のこと
考える必要もなく、ただ選んで当てるだけ。
なんと薄っぺらく貧しいことか...(嘆)
Posted by Sachiko at 2021年07月22日 21:44
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