2021年07月04日

「華氏451度」・4

これは先月放送されていたEテレの「100分de名著・華氏451度」に基づいている。
第三回の「自発的に隷従するひとびと」というテーマは、まさに現在の様相を思わせる。

他人、特に力を持つ存在に“決めて”もらいたい、「強いリーダー」に従いたがる人々はいつの時代にもいる。
その裏返しのようにも見えるが、自分の立場を権力の側に置いてしまう人々も、いつの時代にもいる。

「もっと厳しく取り締まるべき」などと言う人は、自分が取り締まられる側になり得ることは想定していないらしい。そうして自主的に「○○警察」になったりする(誰も頼んでいないのに)。


ヴィクトル・フランクルの『夜と霧---ドイツ強制収容所の体験記録』の中に、興味深い記述がある。

収容所のユダヤ人たちを直接虐げたのは、実はナチスの人間ではなかった、という話だ。

ナチス側は、囚人たちの中から最も低劣な人物を選び出し、彼を囚人たちのリーダーに据える。これは自分の手を汚さずに効率よく囚人たちを支配するやり方だった。
不相応な疑似権力を手にしたその男は、喜んで仲間たちに残虐なふるまいをするようになる、と。

フランクルはこう語っている。
「彼は、出世したと思っているのだ。」


本題に戻ると、主人公モンターグは、本と一緒に燃えてしまうことを選んだ老婦人に強い衝撃を受ける。
そんなことまでするとは、本とはいったい何なのか。

本の背後には、かならず人間がいる。本を燃やすことは、人の人生を燃やすことだ。

自分の仕事に懐疑的になりはじめたモンターグのところに、上司のベイティーが訪ねてきた。
このベイティーの話が実に今日的なのだけれど、それはまた次回に。
  
posted by Sachiko at 22:51 | Comment(0) | SF
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