マリア・グリーペ「森の少女ローエラ」より。
森に帰る日の早朝、ローエラは市役所の前にある美しい古い泉にやってきた。水道管の中に押し込められずに、生き生きと自由に流れる水。
この泉で水浴びしてから町を去ろうと決めていたローエラは、服と靴を脱ぎ、下着だけになって泉に飛び込んだ。
まるで森にいるような、自由、喜び!空に舞い上がる小鳥になった気分!
「ここは公共の水あび場ではないんだぞ!」
いつの間にか警官がそばに来ていた。
「あたし、きょう、うちに帰るんです。さようなら。」
「そりゃよかった。じゃ、さよなら。」
寮母のスベアおばさんが車で駅まで送ってくれる。モナもいっしょだ。途中、アグダ・ルンドクヴィストの家に寄って双子の弟たちを受けとる。
ローエラと弟たちが乗り込んだ汽車が動きだした。
モナとスベアおばさんは汽車と並んで走るが、やがてふたりの姿は遠ざかり、見えなくなった。
町の人たちと深いつきあいをしなくてよかった。そうしていたら、別れはとても辛かっただろう。
駅にはアディナおばさんが馬車で迎えに来ていた。
村を通るとき、あのすてきな青いブラウスを着たローエラにみんなが目をとめた。もう誰も「ノミのローエラ」などと言わない。
村を抜け、道は森の奥深くに入っていく。
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ローエラは、ふと身ぶるいをする。しずけさと、木立ちのかげと、〈落日のしずかな雨〉。
「日の光、ヒメマイヅルソウ、森の小道.....」
ああ、ついに帰ってきた、あたしのふるさと。
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ローエラが機嫌のいいときの呪文、長いあいだ口にしていなかった言葉が、ついにここで出てくる。
(言葉が少し違っている。物語の前半で触れられたときは「「白アネモネ、日の光、ヒメマイヅルソウ」だった。)
ヒメマイヅルソウは、初夏の森に咲くとても小さな山野草で、北海道の森でも見られる。
都会という夢から醒めて、ローエラは本来の自分を取り戻していく。
美しい夏景色は、それがローエラの失われた一部だったかのように、今、戻ってきた。
太陽の光、道端のあざやかな緑、花々、ミツバチの羽音、小鳥のさえずり....
町にはない、ほんとうの静けさ。大気と風のそよぎ。
アディナおばさんの助けがあったとはいえ、森の家で弟たちの世話をしながら、時には村へ“遠征”もしなければならなかった頃の暮らしは過酷だったはずだ。
にもかかわらずローエラにとって、森はこんなにも喜ばしいふるさとだったのだ。
人工物だらけの都会と違って、大気も水も光も風も、ここではほんとうの輝きを持っている。
日の光、ヒメマイヅルソウ、森の小道....
森の善きものすべてに対する感謝と祈りのことばが今、しあわせなローエラを静かに満たしていくようだ。
2021年04月14日
白い呪文
posted by Sachiko at 22:23
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