2020年10月02日

言葉の陰影

「ANAM CARA -- A Book of CELTIC WISDOM」(John O'Donohue)より。

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現代の、すべてが短絡化し表面的になった世界では、言葉は亡霊のような記号やレッテルになり下がった。
魂を映す鏡である言葉は、神の実質が投影される沃野のはずだったのに。

古い時代の文化、特に民俗文化の言葉の背後にある沈黙と暗影の感覚は、現代人が使う言葉には欠けている。

言葉は略語だらけになり、今日では、人々は歴史や連想を担い伝える言葉には苛立つ。
一方、地方の人々、特にアイルランド西部の人々は、すばらしい言語感覚を持っている。

アイルランドで話されている英語を非常に興味深いものにしている要因の1つは、その背後にあるゲール語の色彩豊かな魂だ。
それは、アイルランドの英語に大いなる彩りと陰影と力強さを注ぎ込んだ。

ゲール語はそのように詩的で力強い言語であり、アイルランド人の記憶を呼び覚ます。
人々から言語を奪うなら、彼らの魂を荒野に迷わせることになる。

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マックス・ピカートは、名著「沈黙の世界」の中で、現代語を「騒音語」と呼んだが、それから半世紀後、騒音語はさらに分解して断片語と化したようだ。

ジョン・オドノヒューはそれをファストフードのようだと言っている。
ファストフードによって味覚が鈍磨したのと同じことが、現代人の言語感覚に現れているというのだ。

現代語は人の体験を語るには薄っぺらく、内面の神秘を真に表現するにはあまりに貧弱すぎる、と。
現代語はもはや語らない。SNS上には、言い捨て、言い放つだけの断片語が溢れている。

真の言葉は、やがて必ず詩に到達すると、私は思っている。
利用、利益、取引...などなど、魂に故郷を持たない言葉は詩には使えない。

現代のあらゆる要因が、人々の目を外側の慌ただしさに向けさせ、内なる神秘からは目を背けるように仕向けてくる。
他民族によって奪われるのではなかったとしても、真の言葉を失った魂は弱くなり、荒野に迷うだろう。
  
posted by Sachiko at 22:19 | Comment(4) | ケルト
この記事へのコメント
”真の言葉は
 やがて必ず
 詩に到達する”

言葉が形骸化しているのは
それを使う人間も形骸化しているから
なのでしょうね・・

”魂に故郷をもたない言葉”
あるいは
魂に故郷をもたないモノ
に侵食されぬよう
詩的に生きたいものです。
Posted by しゅてるん at 2020年10月05日 07:48
言葉が単なる伝達手段と考えられ、
記号化し、生命を失う.....

そうした言葉にさらされ続けることは、
まるで、生命を失くした
人工的な食物を食べ続けるような気がします。

本来の野菜や果物が持っていた
生き生きとした味や香りを
言葉においても味わいたいと思います。
Posted by Sachiko at 2020年10月05日 22:11
「沈黙の世界」を
読み始めました。

図書館で借りましたが
ずいぶん古い本なのですね。
定価が600円!
Posted by しゅてるん at 2020年10月13日 06:33
それはかなり古い版ですね!
私のも古いですが、1500円でした。

(※諸事情により数日間ブログお休みします。)
Posted by Sachiko at 2020年10月13日 08:32
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