2020年09月22日

ANAM CARA

「ANAM CARA -- A Book of CELTIC WISDOM」(John O'Donohue)より。

英語版が届いたので、もう一度仕切りなおして....

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ケルトの伝統においては、愛と友情について美しい理解がなされている。特に感慨深いのは、魂の愛についての理念である。

古いゲール語では、これをアナム・カラという。
アナムはゲール語で魂、カラは友人を意味する言葉だ。
つまりアナム・カラは、ケルト世界で「魂の友」を指す。

元々は、人生に秘められた大切なものごとを打ち明けられる特別な友のことだった。
アナム・カラは、最も真実な内なる自己、その思いと心情とを共に分かちあうことができる相手である。

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その語り口は、1940年代に書かれたマックス・ピカートの「沈黙の世界」にどこか似ている気がする。

「沈黙しあえるだけに愛しあっている友は幸福である」(「沈黙の世界」より)

ピカートはラジオによる騒音の害を説いていたが、現代の騒音はラジオの比ではない。今ではラジオはむしろゆったりとした過去のメディアのように感じられる。
「アナム・カラ」では、コンピュータ時代の人間関係についても触れられている。

折しも世界的騒動によってオンライン○○というものが盛んになっている。
互いのあいだにある空間に耳を傾け沈黙しあうことは、オンラインでは難しい。こんな時代が来ることを想像していたかどうか....

この本はピカートよりずっと新しい1990年代に書かれているのだが、残念ながら著者ジョン・オドノヒューは、2008年に40代で世を去ってしまったそうだ。

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ケルト的理解では、魂に空間と時間の制限を設けない。
魂を閉じこめる檻はない。
魂は友人同士の内に流れ込む神の光である。

アナム・カラの体験は、まさにこの豊かで不透明な内面の風景を認識し探求することによって、神の奥義と慈愛とを照らし出すのである。

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posted by Sachiko at 22:22 | Comment(0) | ケルト
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