2020年07月16日

「グリーン・ノウの川」ふたたび

以前少しだけ紹介した、ルーシー・M・ボストンの「グリーン・ノウの川」。
このすばらしい夏休みの物語をほんのサワリだけで通り過ぎてしまうのはもったいない、もう少し深入りしてみたくなった。

事の起こりをおさらいすると、ある夏、オールドノウ夫人が旅に出ているあいだ、モード・ビギン博士は本を書くために、ミス・シビラ・バンとともにグリーン・ノウ屋敷を借りていた。

そしてビギン博士はあることを思いついた。

「難民児童夏期休暇援助会に手紙を書いて、子どもたちを呼んでやりましょう。」

驚き心配するミス・シビラに、博士は言う。

「・・川があるでしょう。それにこの家だってあるし。この家がすばらしい遊び場だってこと、見ただけではちょっと信じられないですけどね。」

ビギン博士はこの家の魅力がわかる人だった。そうでなければオールドノウ夫人は留守宅を任せはしなかっただろうが。

こうして、ハンガリー難民のオスカーと中国人難民のピン、博士の姪の娘アイダがグリーン・ノウにやって来たのだった。
アイダはここに来る道中に、すでにこのグループのリーダーとしての地位を築いたようだった。

ビギン博士は、子どもたちに大きな屋根裏部屋を与えたあとは、もう口出しはしなかった。

その部屋はピンの目には仏教の道場に見え、オスカーには十字軍のお城に見えた。
やってくる人それぞれに合った仕方でお客を迎えるというグリーン・ノウ屋敷の魔法がすでに働いていた。

窓からは美しい川が見える。この川がこれから始まる物語の舞台になるのだ。
宿題や登校日などというものはなく、大人の目も光っていない、ほんものの夏休み!

「グリーン・ノウの川」は、作者67歳の1959年に出版された。
ピンやオスカーが難民になってしまったように、あの時代も世界は混乱していた。

でもルーシー・M・ボストンの精神は若く自由でみずみずしかった。
自由は、人間存在の核心だ。
「あんまり自由すぎてもダメ...」などという人は、自由の意味を知らない。

グリーン・ノウで夏休みを過ごす子どもたちの冒険は、彼らがやがて獲得するだろう真の自由へと後押ししてくれる、かけがえのない体験になるはずだ。
  
posted by Sachiko at 22:34 | Comment(2) | ルーシー・M・ボストン
この記事へのコメント
とらわれのないこころ

このへんが
じゆうのごーる
でしょうか

きのういちにち
ゆるゆると
かんがえておりました

がっこうじだいの
なつやすみの
かいほうかん!
あれは
じかんわりなどの
とらわれから
かいほうされた
よろこびだったのでしょうか

なつがめぐってくるたびに
あのじゆうのかんかくを
おもいだすのでした

Posted by しゅてるん at 2020年07月19日 10:27
何ものにもとらわれない自由は、
外側からの枠を必要としないほどの全き自由。

自由は、自律。
そうなれば外側からの縛りはいらない。

自由を放恣と勘違いしたり、
真の自由から外れるほど、
外からの締め付けの強い
不自由な社会を作ってしまう。

鉄砲でも、悪法によっても、内なる自由は撃ち殺せない。
Posted by Sachiko at 2020年07月19日 21:58
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