2020年05月14日

無償の聖性

ミヒャエル・エンデが晩年にこのようなことを語っている。

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私はこの歳になって、人生において大事なことは、みんな無償のことだと、そう信じるようになりました。
それだけが本質的なことなのです。それ以外のものはビジネスにすぎない。
・・・
遊びも無償で、タダであり、徒労です。なんの役にも立たないし、なんの作用もしない。
そもそも本質的なことで、なにか作用するのは、なにも作用しないもの、つまり、無償のものだけではないでしょうか。

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マックス・ピカートの「沈黙の世界」の中にも、これと似たことが書かれている。

「沈黙は今日では『利用価値なき』唯一の現象である。
沈黙は、現代の効用価値の世界にすこしも適合するところがない。
沈黙はただ存在しているだけである。それ以外の目的はなにも持っていないように思われる。だから、人々はそれを搾取することができないのである。」


ピカートは沈黙を「聖なる無用性」と呼んだ。
利用価値がなく、存在するだけのものが、あらゆるものを、破壊的な利用の世界から存在の世界へと奪い返す....と。

もう何十年も前に語られたこれらの言葉が、搾取と利用の世界が大きく揺らぎ始めた今、静かに輝きだすように見える。

役に立つかどうかで量られるとき、人は奴隷になり、搾取と利用の世界に住み始める。そして絶えず自分の有用性を証明しなければならなくなる。

より高価な奴隷であることを証明するあれこれを剥ぎ取ってみたら、どうだろう。現代人にとって、それは恐ろしいだろうか。
利用価値のない、ただの「存在」になることは。

けれど利用世界が崩壊するときには、無償で与えられたこの「存在」に還ること、聖性に届くまで還りきることのほか、なにか本質的なものがあるだろうか...
  
posted by Sachiko at 22:06 | Comment(2) | 言の葉
この記事へのコメント
某クレジットカード会社のCMで
ありましたよね。
値段をつけることのできないことを
映像で流して
最後にpriceless
とかいうのが・・。

なんにでも値段をつけられる
という幻想が資本主義には
ありますね(苦笑)

野の花もpriceless
小鳥のさえずりもpriceless

Posted by しゅてるん at 2020年05月16日 07:18
何かの価値を量る方法が、
値段をつけることしかない時代。
でも、価値とか質とかいうものは、
本来計測して数値化することができない
ということが、忘れられている....

このごろ数種類の野鳥が近くに来て
美しい声で囀っています(^-^)
Posted by Sachiko at 2020年05月16日 21:29
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