2020年04月18日

「百年の家」

「百年の家」(パトリック・ルイス作 ロベルト・インノチェンティ絵)
古い家が自らを語る物語。

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「この家の扉の上の横板に、1656と記されているのが読めるだろう。それがこの家、つまり、この私がつくられた年だ・・」


このように、家は語りはじめる。

さまざまな家族の変遷を見たあと、家には誰も住まなくなり、やがて廃屋となった。

1900年、子どもたちがその古い家を見つけた。
家は修理され、5年後には、新しい住人が植えた果樹が育っていた。

1915年、家では結婚祝いが行われ、翌年、子どもが生まれた。

1918年、妻は夫を失った。第一次世界大戦終結。

1936年、小麦の刈り入れ。収穫量が少なかったら、戦いは負けだ。

1942年、家は、戦火で何もかもなくした人たちの、最後の避難所になった。
1944年、だれの戦争なのだろう?

1958年、街へ移り住む息子が家を去った。

1967年、母親の葬式。
心をなくした家は、露のない花のようなものだ。

1973年、いままでの暮らし方を継がない。それが新しい世代だ。
わたしはもう誰の家でもない。

1993年、わたしは独りのまま、うごけないのだ。

1999年、このうえないものは、どこヘ消えたのか?
なくなったもののほんとうの護り手は、日の光と、そして雨だ。


家と同じように、この物語も重厚だ。
古い時代には、そこで誕生と結婚と葬式が行われて、はじめて家はほんとうの家になる、と言われていた。

それなら現代人はもう、ほんものの家に住むことはできない。
あまりに複雑な社会の中で忙しくなりすぎた人々の代わりに、人生の節目のあらゆることは“業者”に任せなくてはならない。

家はそこに住んだ人々の思いを記憶に留めるという。
家や部屋を借りるときには、前の住人が幸せだったかどうかを確かめる必要がある、という話を聞いたことがある。
どちらにしても、今幸せに暮らしてあげることが、家にとっても喜びになるだろう。

他のあらゆる存在と同じように、家は生きていて、“誰か”なのだ。
古い家は自分の物語を語ることができる。
  
posted by Sachiko at 22:31 | Comment(0) | 絵本
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