2020年01月25日

「ボッラは すごく ごきげんだ」

「ボッラは すごく ごきげんだ」(グニッラ・ベリィストロム)
とても古い絵本で、私が持っているのは何刷目かだけれどこれも古く、今はもう手に入らないかもしれない。

bolla.jpg

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夜中の2時、すばらしいことがおこりました。
パパとママとビル兄ちゃんのところに、あかちゃんがやってきたのです。

ボッラとよばれるようになった女の子は、はじめはすくすく育ちました。でも・・・

3才になっても、ひとこともしゃべりません。
みんなが呼んでもふりむきません。
音楽がなるとおどりだすので、耳はきこえているはず・・

ある日、やさしい先生がいいました。
---この子は、人一倍、気をつけて、まもってあげないと---

そういうことだったのです。
ボッラは、みんなとちがう。ふつうの子ではないのです。

―ボッラは、わたしたちのようにはなれない...けっして。

みんなは、それぞれ、すみのほうへ行って泣きました。
知ってる人たちもみんな泣きました。

―かわいそうな子....わたしたちのようにはなれないのよ。

長いかなしみのあとで、ビルがさけびました。

―みてごらん!ボッラは、あんなにたのしそうだよ!

わたしたちが泣いていたときには、たのしそうなボッラがみえなかった。

ボッラがたのしんでるんですもの、それでいいじゃない?
これでいいのよ!

わたしたちのようになりなさい、ですって?
でも、ボッラは ボッラでいいんですよ。

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重い自閉症と診断されたボッラのお話は、楽しい絵でコミカルに描かれているが、もちろん現実はたいへんだったにちがいない。
この絵本には続編があり、そこでは周囲の無理解や好奇の目のことも書かれている。
古い本とはいえ、すでに福祉国家として知られていたスウェーデンでも?と、読んだ時は意外に思ったのだった。


近年は、やたら他人に病名をつけたがる人が多いようで、歴史に残るような天才たちでさえ、実はなんとか障害だった、などと言われているらしい。
新しいところではスティーブ・ジョブズから、古くはエジソン、モーツァルト、レオナルド・ダ・ヴィンチまで。

天才に対して、「自分は凡人だ」と言うよりも、「自分は正常だ」と言うほうが気分がいいからか?と思ってしまうが....
それとも、想像力や創造力(それこそ、AIにはない人間らしい能力)を敵視する勢力による陰謀なのか....

ともかく、お話は「これでいいのよ」で終わる。
「これでいいのだ♪」は魔法の言葉だ。
お話のボッラはシュタイナー系の施設でケアされて、その後ゆっくりと少しずつ成長をとげていったという。
  
posted by Sachiko at 21:57 | Comment(2) | 絵本
この記事へのコメント
紙にまるを描くと
まるにフォーカスして
地の部分が見えなくなってしまう。

人にしょうがい名をつけると
しょうがいにフォーカスして
その人のまるごとが見えなくなってしまう。

たとえば死が生のグラデーションであるように
しょうがいも
誰しもの中にちょびっとは含まれていて
やはりそれはグラデーション。

名付けることによって
カテゴライズすると
人はなにかわかったような気がするけれど
それは認識の錯覚。

名づけは切り分けて
全体から切り離してしまう。

そうではなく、
濃いか薄いかであって
そういう見方ができれば
全体から切り離されることなく
やさしいまなざしが生まれる。



Posted by しゅてるん at 2020年01月28日 09:56
現代人は一人残らず治療を必要としていて、
そうでない人は一人もいない。
自分はその必要がないという人がいたら、
その人が一番重症だ・・
と言ったのはシュタイナーでしたっけ。

似たようなことを言ったのは北杜夫だったかな。
「人類はみな少しずつ程度の異なるバカで構成されていて、
それ以外の人間はひとりもいない」
ごもっとも。

社会全体が集合的におかしな方向へ向かうこともあり、
そこに加わらない人が処刑されたりもする。
いつの時代にも、魔女狩りに似たことは
かたちを変えて現れる。
“あなた”と“わたし”がひとつだと、
ほんとうにわかるまで......
Posted by Sachiko at 2020年01月28日 21:36
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