2019年11月14日

1+1の不思議

『エンデの文明砂漠』(ミヒャエル・エンデ)の中に、面白い話が載っていた。

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・・・ある日、学校で1+1が2だと教わったとき、当時私は立ち上がり、先生に尋ねました。
「どうしてですか。1+1はいつまでたっても1+1のはずなのに、どうしてそれが2になるのでしょうか。」
先生は私の言っていることがまるでわからなかったのです。
でも、今でもそのことが驚きです。

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幼いエンデ少年の問いを瞬時に理解し、適切に答えられる人がどれくらいいるのかわからない。
1+1は何か。どこでそれが一瞬にして2になるのか...

もうひとつこんな話も載っている。
これは日本の話だが、ある幼稚園児が目を覚まして「お母さん、今、今日?」と聞き、お母さんがいつも「そうですよ」と答えていたら、「いくら眠っても、明日にならないで今日ばっかり」と言った、という話だ。

この話からは、「鏡の国のアリス」に出てくる、チェスの女王とアリスの会話を思い出す。

女 王:「一日おきにジャムをあげる」
アリス:「ありがとう、でも今日のところはほしくないんです」
女 王:「だれが今日あげると言った?昨日のジャムと明日のジャムはあるけど、今日のジャムはないんだよ」


1+1の話では、私も似たような疑問を持っていた。

A.棒が1本ある。もう1本持ってくると、2本になる。
B.棒が1本ある。これを真ん中から折ると、2本になる。

もう1本持ってきて合わせても、2つ。
1本を分離させても、2つ。
んん....?

C.棒がバラバラに散らばっていたとする。それぞれは、ひとつ。
D.バラバラの棒をまとめて塊にするとき、「ひとつにする」と言う。
んん....?

バラバラのものは、ひとつ。まとまった全体も、ひとつ.....
これは数の問題か、それとも言葉の問題か....

「1」は個であり、全体でもある....
アートマンとブラフマン...ということにもつながっている?

...こんなあやしげなことばかり考えていると、この世でまっとうに生きていくのに支障が出るかもしれないので、よいおとなはマネしませんように....
  
posted by Sachiko at 21:43 | Comment(2) | 未分類
この記事へのコメント
あたりまえ
と思って
とおりすぎてしまうことがらの
多さよ。

「あれ?」
「おや?」
「むむむ」

自身の感性と知性を磨く
こと。

そして
気づけば
橋の上・・(笑)


Posted by しゅてるん at 2019年11月16日 07:40
あたりまえに引っかかって
ひっくりかえしてみたり、
光に透かしてみたり、
橋の上族は、少数民族でしょうか....
Posted by Sachiko at 2019年11月16日 22:05
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