2019年10月07日

ヨドカス

『Lord of the Elements』(Bastiaan Baan著)から。

この本では、アニー・ヘルディングの絵が幾つか紹介されている。ここではトンヘレンの近くのヒースの繁みにいるヨドカスを見ることができる。

yodokus.jpg

彼女はそのコーボルトに、珍しいモウセンゴケの仲間を見せてくれるように頼んだ。その植物はこの地域では絶滅したと考えられていて、地元の森林官もそう言っていた。
彼女はヨドカスの助けを借りてその植物を見つけることができたのだが.....

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「・・・私たちは狭い道を歩きました。以前何度もモウセンゴケを探した場所でした。私は、先を歩くヨドカスを追い続けました。
コーボルトはとても素早く動きます。歩くときは浮かんでいるようにほとんど地面に触れず、雪の上でも足跡を残しません。

湿地にはヘザーの繁みや背の高いイグサなどが密集して水際が見えにくく、沼に落ちそうでした。
ヨドカスは私をからかっているのでしょうか?どこにも姿が見えず、彼は空気の中に姿を消していました。

どこにもモウセンゴケは見えませんでしたが、私ははっきりと声を聞きました。
「あなたはその上に立っている!」

私は失望し、すこし恥ずかしくなっていて、ほんとうにその植物の上に立っているとは信じられませんでした。
背の高い草をよけてもう一歩踏み出したとき、私が立っていたその場所で、緑の苔のあいだに花咲くモウセンゴケが丸く広がっていました。

これはほんとうにヨドカスが見せてくれたのか、それとも偶然だったのでしょうか。人間は疑うことをやめません。
私はモウセンゴケをひとつ掘り上げ、あとで戻すつもりでそれを証拠として家に持ち帰りました。」

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超自然的な存在の助けで見つけにくい植物を見つける話は、古いおとぎ話のようだ。
冬の森で季節外れのスノードロップを見つける話や、小人たちの助けで、やはり冬の森でいちごを摘む話など。

物語の中でそうした助けを得られるのは純粋な人間だ。
疑いを持たずに自然霊とつながることのできる人々がまだ存在した古い時代に生まれた物語だろうか。

おとぎ話ではなく現実の話では、フィンドホーンを思い起こす。
農業に適さないと言われた北の砂地が、自然霊たちのアドバイスを受けながら、巨大な野菜や輝く花を生み出す楽園に変貌したのだった。

物事が八方塞がりになったときは上が空いていると言われる。
普通の人間が知覚できる範囲の世界が八方塞がりに見えても、別の次元の存在たちと協力することで開かれる道が、まだ残っているのかもしれなかった。
疑うことをやめて、自然霊たちとつながろうとする人間が増えていけば.....
  
posted by Sachiko at 22:31 | Comment(2) | 妖精
この記事へのコメント
シベリアの狩猟民族ユカギールも
アマゾンのピダハンもヤノマミも
オーストラリアのアボリジニも
精霊の存在は
彼らの暮らしと
必然的に
切実に繋がっている。

よい精霊もいれば
悪い精霊もいるし、
よい精霊が悪い精霊に
変わってしまうこともある
と彼らは言う。

Posted by しゅてるん at 2019年10月10日 07:50
アイヌ民族のカムイも、そうですね。
キムンカムイがウェンカムイになってしまうこともある。
自然霊たちは道徳性とは別のところにいるというのは
フィンドホーンの精霊たちもそう言っていたし、
シュタイナーも言っていましたね。
やはり人間の意識に委ねられているのでしょうか...
Posted by Sachiko at 2019年10月10日 22:03
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