2019年08月21日

禁止立て札事件

「ムーミン谷の夏まつり」より。

久しぶりのムーミンネタ。
ムーミン谷の夏まつりは夏至祭りのことなのに、気がつけば夏が終わりかけている...

ここで面白いのは、スナフキンと公園番とのたたかいだ。
公園番夫婦は、木を丸や四角にきちんと刈り込み、道はぜんぶまっすぐで、いたるところに何かが禁止だと書かれている。

スナフキンにとって公園番は昔からのかたきなのだ。
「『べからず、べからず』と書いてある立て札なんか、ぜんぶひきぬいてやるぞ!」

スナフキンは公園の周りにニョロニョロの種をまいて、公園番が電気を帯びた一団に取りまかれているあいだに、立て札を引き抜きにかかる。

「たばこをすうべからず」「草の上にすわるべからず」「わらったり、口ぶえをふいてはいけない」「とびはねるべからず」

立て札はもっとたくさんあったようで、海辺の草地に積み上げられているのをムーミンたちが見つけた。
「歌をうたうべからず」「花をつむべからず」...
ムーミンたちは立て札を夏まつりの焚火にした。有意義な使い方だ。

スナフキンの「禁止」への過剰反応は、父親のヨクサル譲りだ。
「ムーミンパパの思い出」の中で、ヨクサルを寝ぼけ猫のようなだらしなさから目を覚まさせるたった一つの方法は、何かをしてはいけないという「禁止」の札をはっておくことだ、と書かれている。

さらに、ものごとはつきつめて考えないほうがいいというヨクサルのものの見方はスナフキンに遺伝していて、スナフキンも同じ怠け星のあとを追っている、とある。

日本のアニメ版のスナフキンは、日本人好みに作られているのか、原作よりもかなりかっこいい。
穏やかで悟りきった賢者のように見えるのだが、この禁止立て札への過剰反応ぶりで、彼が自由への旅の途上にあることがわかる。

トーベ・ヤンソンはエッセイの中で、戦争中の「いまいましい検閲」について触れている。自由はかぎりなく尊く、彼女にとっても杓子定規な「禁止」などまっぴらだっただろう。

立て札事件の後に起こる森の子どもたちとの一件も、スナフキンをめぐるユーモラスな出来事だ。
  
posted by Sachiko at 21:56 | Comment(2) | ムーミン谷
この記事へのコメント
立て札ならまだしも

現代においては
こっそりと
悪法が次々と
立法化。

支配という心性が
悪辣になってきている。

悪法も法のうち
っていうことか・・。

ところで
ニョロニョロって
種から生じるのですね!
知らなんだ。

ニョロニョロの種を
入手して
自宅で飼い育てる
の図
しばし妄想す。

Posted by しゅてるん at 2019年08月22日 06:41
支配者と被支配者はセット。
ひとりひとりがほんとうに自由になれば、
支配者は存在できない。
時代の変わり目に、彼らも焦っているようです。

スナフキンによれば、ニョロニョロの種は
夏まつりのイブに蒔かなければいけないそうで、
不思議な生きものですね。
Posted by Sachiko at 2019年08月22日 20:25
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