2019年04月26日

“あいだ”の話

ある時ふと、“空間”ってなんだろう、と考えていた。
地球上では、空間に見える場所も空気や水蒸気で埋まっているが、宇宙空間には何もない。

では空間とは何?広がり、距離....
物体はあちらとこちらに分かれているが、空間はひとつだ。
もしも自分の意識を空間の側に置いたら?

意識が地球上にある場合は、他の星までは遠い距離があると思う。
でも“空間”が私なら?地球も他の星々も、同時に「ここ」にあるのだ。

空間をなくしていくと、物質はすさまじい高密度に圧縮され、ブラックホールになる。近年(といっても宇宙規模の時間)宇宙の中でブラックホールは増えているという。

天地創造というのは、物質を創ったのか、それとも個々の物質を分かつ「空間」を創ったのか。それらを同時に作り、同時に分けたのか?
天地創造の前半は、ひたすら分けている。
光と闇を分け、海と大地を分け....

言葉は人間より賢いというのは、きっとそうなのだ。
「時間」「空間」「人間」、どれも“間”がついている。

“間”に意識を置けるかどうかで、すべての見え方が違ってくる。

もしも右手と左手のあいだにある胴体が見えなかったとしたら、両方の手は分かれた別物に見えるだろう。対立し、戦うかもしれない。
左右の脳の“あいだ”の回路に損傷が起きると、右手と左手が相反する行動をしてしまう、という症例がある。

地上の二元世界に生きている人間は、この状態にあるように見える。
左右の手のように全体の中で対になっているものを離れた別物としか認識できずに、対立し、片方を排除しようとし、戦う。
光と闇、善と悪、正と邪、自と他....

それらの“あいだ”は、右でも左でもない中道とか、白でも黒でもない灰色といった、同じ平面上の中間地点のことではない。
地上で、昼でも夜でもない黄昏時に立つのではなく、宇宙空間から地球を見る感覚だ。

昼と夜は、そして北半球の冬と南半球の夏も、地球の全体性として同時に存在する。

やはり古い真実が収まりがいい。
色即是空 空即是色.....
  
posted by Sachiko at 21:58 | Comment(2) | 宇宙
この記事へのコメント
”空間が私なら?”

これです。

だから
自分が意識できている世界には
実は<私>しかいない

哲学者の永井均さんが
言っております。

夢分析においては
登場人物をすべて
夢を見た本人(の投影)
である
とみなしますが

現実世界においても
実は同じことが
起きている
とみなすことが
できるのではないか?

胡蝶の夢。

Sachikoさんの
書いていることと
論点がずれている
ような気もしますが
少なくとも
かすってはいるかな?

同じ時期に
同じようなことを
考えている
という不思議!


・・昨日
私の庭にて
アイボリーのニオイスミレ
(これは珍しいそうです)
の群生を発見。
Posted by しゅてるん at 2019年04月27日 08:16
胡蝶の夢....
蝶がわたしなのか、わたしが蝶なのか

このような認識は、古い智恵の中において語られているのですが、
現代人は忘れがち。
というより、頭で考えるのをよしとする現代人の
魂の奥まで入っていかないのか...

「おまえが知覚するものが、おまえである」

 世界を認識しようとするなら
 みずからの内面を見よ
 おまえ自身を洞察したいなら
 世界を見よ

アイボリーのスミレと、それを見る人もまた
ひとつでしょうか。
Posted by Sachiko at 2019年04月27日 22:42
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]