2019年01月29日

ドルイド

時々、このようなことが起こる。
何かの本を読んでいると、あるキーワードが出てくる。しばらくたって全く別ジャンルの本の中に同じワードが出てくる。さらにまた別のジャンルの本の中に....

「ドルイド」という言葉はこのようにやってきた。
植物に関する本、歴史の本、児童文学....5冊目くらいになったときに、いったいこれは何なんだ!と思った。

古代ケルトの神職で、植物と深い関係があるらしいけれど、調べようとしても当時はあまり文献がなかった。
たぶん今でも正確に伝えているものは少ないのではないかと思う。ドルイドの秘儀は口伝によるもので、そもそも書き残された歴史がない。

それでも何か人を惹きつけるものがあり、一頃は日本でもケルトブームというのが起こっていた。
ケルト人はなぜ滅ぼされたのか、という話で、人類史上必要な使命を果たして役目を終えたからだという説もあるが、本当のところはどうなのかわからない。

滅ぼされた、あるいは滅びかけている民族の智恵は、現代人にとっては、わずかに残された目醒めの薬一滴のようにも思える。

興味深い話を聞いたことがある。
現代においてシュタイナーの人智学を受け入れた魂は、いつかある時どこかで、詩や伝説や物語など、何らかのかたちでドルイドの教えに触れたことのある魂だ、というのだ。
こんな話自体も、なんだか伝説めいている。
 
posted by Sachiko at 21:51 | Comment(2) | ケルト
この記事へのコメント
ドルイド
ケルト
どうしても
他人事とは思えず
立ち止まってしまう
ことば。

さいきん
哲学者の
「カント」さんが
いろんな本に出現
するも
カントの本は
読めそうになく・・^^;

とりあえず
”人間の知性には限界があり
 本質や真理をとらえることはできない”
ここに赤線
ひいときます。


これも。
”個々の人間はそれぞれ勝手に行動しているのに
 なぜ全体として歴史はひとつの方向性を
 みせるのか?”

ところで
文字も
ある時代においては
最新の伝達手段だったわけで
便利だけれど
ひきかえに何かを失ったはず。

アイヌ
ネイティブアメリカン
などなど
口伝が基本の文化
これが人を人であらしめた
のだと思うのです。

便利は
人を劣化させる。

Posted by しゅてるん at 2019年01月30日 07:48
知性を人間の最高のものとして位置づけてしまうと、
本質や真理から遠ざかってしまうのですね、現代文明のように。

口伝は、生身の人間がまるごと目の前にいることで成り立つ...
文字、さらに印刷術という便利を得るにつれて、人類は
長大な叙事詩をも記憶する能力を失いました。
これは人間の組成そのものの必然的な変化でしたが、
文字どころではない便利さによって、現代人は何を失ったのか...
Posted by Sachiko at 2019年01月30日 21:56
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