2018年12月19日

正義先生

「飛ぶ教室」より。

正義先生というあだ名のヨハン=ベク先生は、生徒たちから多大な尊敬を受けていた。
その一つのエピソード。

ギムナジウムの生徒と実業学校の生徒は、“有史以前から”の戦いを続けているらしい(その実、双方楽しんでいるようすでもある)。

ある日、ふたりの通学生が帰りに実業学校の生徒たちに襲われ、書き取り帳を奪われたうえ、ひとりが捕虜になった。
捕虜救出作戦のために規則を破って校舎を離れたことが、寄宿舎を仕切っている最上級生(美少年テオドルと呼ばれている)に見つかり、5人の少年たちは舎監のベク先生のところへ連れていかれた。

ベク先生は、この件でなぜ自分に外出許可を取りに来なかったのか、自分は信頼されていなかったのか?と、ひとつの話を始めた。昔、生徒としてこの寄宿舎にいた少年の話だった。

あるとき少年のお母さんが重い病気になり、彼は許可なく学校を抜け出して病院に行ったが、最上級生にみつかり、翌日の外出許可を取り消されてしまった。
「…それは、彼らにゆだねられた権力を、よく考えて寛大に使うだけの分別がまだできていない少年のひとりだった...」
抜け出した理由をこの上級生に言うことはできなかった。

翌日も少年は抜け出し、厳しい舎監から、一か月の外出禁止を言い渡された。にもかかわらず、彼はまた出かけ、ついに校長から監禁の罰を受けた。翌日、監禁室にいたのは別の少年だった。親友がお母さんのところに行けるように身代わりになったのだ。

その後も彼らは一緒に勉強し、一緒に住んでいた。ひとりが結婚した後も、彼らは離れなかった。その後、子どもが生まれて死に、妻も死んだ。葬式の翌日、その親友は姿を消した....

「…その少年は、心から信頼できる先生がいなかったばかりに苦しんだので、大きくなったらおなじ学校で舎監になろうと決心した。少年たちが心の悩みとすることをなんでも言えるような人になってやるために....」

ヨハン=ベク先生の少年時代の話は、5人の少年たちの心を打った。そしてヨーニーが、続いてマルティンが気がついた。
ぼくたちは、姿を消したベク先生の親友を知っている.....
この話をいっしょに聞いていた美少年テオドルは、うなだれて出ていった。


いつの時代にも、変わらないことがあり、すっかり変わってしまったこともあり....
私は、人間味のある鷹揚さ、器の大きさが失われていく時代を危惧している。杓子定規というのはアーリマンの働きだ。(今どきは、小さな裁判官が多すぎる...)

ベク先生の親友は誰なのか.....次回に続く。
 
posted by Sachiko at 20:48 | Comment(2) | 児童文学
この記事へのコメント
自分のアタマ
で考えぬき
行動する。

規則

法律

正しい
とは限らない。

すっかり
まるめこまれて
萎縮して
その歪みが
他人への憎悪
や批判に
変換されていく。

アーリマンの影が
自らの中にも
あることを
肝に銘じたいっす。

いやほんとに
鷹揚さ
大事っすね〜。




Posted by しゅてるん at 2018年12月20日 07:36
アーリマン文明の真っ只中に生きている以上、
(それも、100年前とは比較にならないほど)
誰ひとりそれと関わりのない人はいませんね。
自分が悪と深いかかわりがある、という自覚こそ
この時代には大事だとシュタイナーは言っていましたっけ...
Posted by Sachiko at 2018年12月20日 22:08
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