2018年12月18日

子どもの悲しみ

「飛ぶ教室」より。
前書きで、ケストナーはこう書いている。

「子どもの涙はけっしておとなの涙より小さいものではなく、おとなの涙より重いことだって、めずらしくありません」

そして、ヨナタン・トロッツ(愛称ヨーニー)という少年の身の上が語られる。

ドイツ人の父とアメリカ人の母が別れたため、ヨーニーは4歳のとき、ニューヨークの港からドイツ行きの船に乗せられた。
父親は、「ハンブルクにこの子のおじいさんとおばあさんが迎えに出ていますから」と言って彼を船長にあずけ、そのまま行ってしまった。

ハンブルクに着いても、おじいさんとおばあさんは迎えに来なかった。二人はもう何年も前に死んでしまっていて、父親はただ子どもを捨てるためだけに船に乗せたのだ。

…四つの時に加えられたこの悲しみを、彼は一生のあいだ忘れることができないでしょう。彼は気の強い少年ではあるのですけれど。(本文より)

今なら、父親はあっさり探し出され、保護責任者遺棄で捕まるところだろうが、まだそういう時代ではなかったらしい。

船長は彼を自分の妹のところへ連れていき、ドイツへ行くたびに訪ねた。妹家族も親切にしてくれた(が、家族同然とまではなれなかった気配がある)。ともかく船長がいい人でよかった。
そして船長は、彼が十歳になるとギムナジウムの寄宿舎に入れた。

まだ、良家の子はギムナジウムへ、労働者の子は実業学校へ、という形が濃く残っている時代だったと思う。
貧しいマルティン・ターラーがギムナジウムに入れたのは、彼が優秀で、半給費の特待生になれたからだ。

ヨーニーは文才があり、マルティンは画才があった。彼らは親友同士だった。
ある夜、みんなが寝静まったあと、ヨーニーは窓辺で町を見下ろしながら考えた。この世界のこと、人々のこと、自分の将来のことなど。
…幸福は、かぎりもなくいろいろにわけられている。そして不幸もおなじように…

彼はいつか、田舎の、大きな庭のある小さな家で、5人の子どもを持って暮らすことを望んでいる。

「…ぼくは子どもを捨てるために海のかなたへやってしまうなんてことはしない。…ぼくの妻はぼくのお母さんよりいい人だろう。
…たぶんマルティンがぼくの家に移ってくるだろう。彼は絵を描くだろう。そしてぼくは本を書くだろう。それでも人生が美しくないなんて、そんなばかなことはない…」


前書きのケストナーの言葉は、以前紹介したマリア・グリーペの言葉と重なる。
「子どもが小さいからといって、子どものかかえている問題が小さいわけではありません。生は、子どもにとっても、大人にとっても、同じように混沌として掴みどころのないものなのです。」

とても久しぶりに読み返した「飛ぶ教室」、もう少し深入りしてみたくなった。
 
posted by Sachiko at 21:00 | Comment(2) | 児童文学
この記事へのコメント
こども時代を
生き抜くのは
どんな環境であれ
なかなか大変なこと。

時間
空間
肉体
さまざまな
制限のあるこの惑星で
生きるということは
なかなかのチャレンジ。

私はいまだに
この環境になじめないと
いうのに

小さな人であれば
なおのこと。

おばちゃんは
さいだいきゅうの
エールを送りたい。
Posted by しゅてるん at 2018年12月19日 08:02
時間、空間、肉体という制限....
私は一生なじめそうもないです(--)
よく今まで生きていたものだ...
Posted by Sachiko at 2018年12月19日 20:30
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