2018年12月15日

「飛ぶ教室」

トールキンの「サンタ・クロースからの手紙」から、1930年代のクリスマスの話は他にもあったな...と、思い出したのがこれ。トールキンのサンタが「今年はクリスマスがこないんじゃないかと思うところだった」と言った1933年に刊行された、エーリヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」だ。

ギムナジウムを舞台にした物語の中でやはり印象に残っているのは、クリスマス休暇に家に帰れないことになったマルティン・ターラーの話だ。
このエピソードも、1930年代初頭という時代を感じさせる。
父親が失業中のため、両親はどうしてもマルティンの旅費を工面することができなかったのだ。

マルティンはひどく悲しみながらも、自分に何度もこう言って聞かせる。「泣くこと厳禁!泣くこと厳禁!」
そして、気丈な手紙を書いて母に送る。友人たちもマルティンのようすがおかしいことに気づくのだが、なぜなのかはわからなかった。

正義先生というあだ名のヨハン=ベク先生が寮を見回ったとき、マルティンのベッドのそばで立ち止まった。
マルティンは眠りながら呟いていたのだ。「泣くこと厳禁!泣くこと厳禁!」

ほとんどの生徒が帰省したあと、ベク先生は校庭にひとりでいるマルティンをみつけた。
先生はマルティンがこのところ様子がおかしかったことについて尋ねるが、彼は何も答えない。しかもクリスマスに家に帰らないという。

先生はごく低い声でたずねた。
「きみは旅費でもないのかい?」
ひたすら気を張っていたマルティンは、これで崩れてしまった。

ベク先生の“クリスマスの贈り物”のおかげで、マルティンは両親にプレゼントを買って家に帰ることができ、両親にとっても悲しくてたまらなかったクリスマスは、一転してどこよりも幸福なクリスマスになった....


ナチス時代、トーマス・マンはアメリカへ、ヘルマン・ヘッセはスイスへと、多くの作家がドイツを離れたが、ケストナーはドイツに留まったまま抵抗を続けた。

物語に登場するマルティン・ターラーは、“3マークくん”というあだ名を持っていた。これは、昔のターラー銀貨(1ターラー=3マルク)に由来する。
ターラー銀貨は、また別の物語を連想させる。この話は近いうちに....
 
posted by Sachiko at 22:16 | Comment(2) | 児童文学
この記事へのコメント
ケストナー
といえば
「動物会議」
(でしたよね?)

気骨のある
人ですね。

今もまた
見えない戦争
が・・。

彼の揺るぎない
精神に
倣いたい
ものです。

Posted by しゅてるん at 2018年12月16日 05:41
実は私はケストナーあまり読んでないです^^ゞ
「エーミールと探偵たち」「ふたりのロッテ」は
映画やドラマで観ました。
「私が子どもだったころ」は、原書で読もうとして
数ページで挫折....
やっぱり「飛ぶ教室」がいちばん好きです。
Posted by Sachiko at 2018年12月16日 22:17
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