2023年01月29日

ジジの悲劇

ミヒャエル・エンデ『モモ』より。

モモの二人の親友のうちのひとり、観光ガイドのジジは、物語を話すことが何よりも好きだった。
モモと出会ってからは特に、彼の空想力はすばらしく花開いた。

モモが円形劇場から姿を消してすぐ、新聞に「ほんとうの物語の語り手としての最後の人物」という見出しで、ジジについての長い記事が出た。

ジジはたちまち人気者になり、ラジオやテレビに出演し、まもなく大邸宅に移り住んだ。
ますます膨らんでくる需要に追いつけず、ある日ジジは、モモだけのために作ってあった物語を話してしまう。


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でもこの話もほかのどうよう、みんなはよく味わいもせず飲みこんで、またたちまちわすれてしまいました。そして、あとからあとから話を要求するのです。
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ジジに起こったことは、エンデ自身に起こったことでもあったそうだ。

最初の児童文学『ジム・ボタン』シリーズの成功によってマーケティング機構に巻き込まれたエンデは、、PRプロモーションイベントに駆り出され、百貨店でサイン会までしなければならなかった。

「・・・ここでわたしがしているのは、いったい何なのか?こうはなりたくないと思っていたのに、今わたしはそこへ行きついてしまったのだ。」
(『ものがたりの余白』−エンデが最後に話したこと−より」

エンデは世間が自分を忘れるまで、マーケティングの騒々しさを拒否することにした。そうして10年の沈黙の後、『モモ』が生まれた。


もう何も考えだせなくなったにもかかわらず、成功に見放されるのが怖くなったジジは、今までの物語を少し変えただけのものを話すが、誰もそれに気がつかず、注文が減ることもなく、今や大金持ちの有名人になっていた。
それこそ、彼がいつも夢見ていたことだった。

昔の友だちが懐かしくてたまらなくなったジジは、灰色の男たちのことをみんなに話そうと決心する。
そのとたん、電話のベルが鳴った。


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「おまえをつくり出したのはわれわれだ。おまえはゴム人形さ。われわれが空気を入れてふくらましてやったのだ。
・・・
おまえがいまのようになれたのは、おまえのそのけちな才能のおかげだとでも、ほんきで思っているのか?」
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ジジのにわか成功の背後には、灰色の男たちが関わっていた。そして、真実を語ろうと決めたジジを脅す。
このあたりは、今あらためて読み返してみるとかなり怖い個所だ。

成功し有名で影響力のある人物が、何らかの真実を明かそうとした時に不慮の死を遂げるようなことが、時々起こっていないだろうか?
モモの世界の人々は、気づかないうちに灰色の男たちの策略に巻き込まれていった。

灰色の男たちに対抗するのに、デモや人々への説得という普通の方法は役に立たなかった。
以前にも書いたように、モモは行為ではなく“存在”においてヒーローだったのだ。
どうすれば、何をすればいいのかと行き詰まったときに、“わたしはどう在るのか”ということが別次元の道を開いたりする。

モモが書かれてからちょうど50年、子ども向けファンタジーという姿を借りて描かれた世界は、ますますリアリティを増して見える。
  
posted by Sachiko at 22:30 | Comment(2) | ファンタジー