2022年06月12日

手紙とエーテル

手紙というものを書かなくなって久しい。
今思えば、手紙には単に用件や何かを伝えるという以外の要素が多くあった。

筆跡を通して、その人のエーテル体とつながることができるのだという。
以前「ペン習字のお手本みたいな字の手紙はもらいたくない」と言った人がいた。
美しい文字には違いないけれど、誰だかわからない仮面の人物のような気もしてしまう。
改まった文書ではないのだから達筆である必要はなく、一目で誰だかわかるのがいい。


昔よく学校で友だちと手紙の交換をしていた。
前の日に書いた手紙を、朝渡す。
教室で毎日会っているのに何を書いていたのか、中身はもう全く憶えていない。
時間を割いて、何かの思いを綴る。
簡単便利な今のLINEとは、似ているようで違っていた。

SNSではたくさんの投稿が、毎日あっという間に流れていく時代。
かつてのゆっくりした時間の流れ方は、エーテルの流れでもあったような気がする。

そのエーテル感覚が、近年はとても弱っているように思う。
オンライン何とかというのは、私は苦手だ。
確かにZoomは便利で、遠くまで出向かなくても済むのだが...

現代生活が、文字を書かなくてもすむように、さらにここ2、3年は生身で会わないように方向づけられていたのは、大切なエーテル感覚を希薄にするための策略のように見えてしまう。

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訳あって少々忙しく、あまり頻繁に更新できないかもしれませんが、ゆっくりとおつきあいくださいませ♪
  
posted by Sachiko at 22:33 | Comment(2) | 未分類