2022年01月01日

8月に向けて---第八夜

2022年、明けましておめでとうございます♪m(_ _)m

-----

シュタイナーが伝えた12夜の話から

第8聖夜では、私たちは2つの時間の輪のあいだの崖っ淵に立っている(新年への移行とともに)。

この1年、私たちの成長のために提供されてきたものは、今、十字架に磔にされ死ななければならない。

これまで大切にした思いや感情、活動を、ここに来て一旦休ませる。
そして新年を迎えるにあたり、それらを新たなレベルに引き上げる。1年間役に立ったものをすべて犠牲にして、それを他の人のために役立てることだ。

私たちが霊的な真理において体験した感情の深さは、他の人々の不幸に対する思いやりになる。
それは単に「お気の毒に」というのではなく、彼らが感じている押しつぶされそうな悲しみをリアルに体験するのだ。

ある霊的真理を理解したことにより、魂の中で考察できた新しい思考は、今度は霊の中でインスピレーションを生きるための道を開くことになる。

その霊的真理が私たちにとって黄金のようなものであったとしても、私たちはそれを握りしめる手をゆるめなければならない。

私たちは霊的真理を所有することはできない。
それを手放せば、必要なときに戻ってくるが、しがみついていると、必要なときに見つけられないかも知れない。

この1年のあいだ自信を持って行った新しい活動も、磔にしなければならない。それを誇ってしがみつくのは自己中心的なことだ。

自らの意志を通して、私たちは自分の本当の姿を明らかにする。
そうして他者が私たちを知ることを許し、私たちも他者を知ることができる。
自分自身について明らかにしないまま他人のことを知ろうとするのは、関わるすべてに人々にとって破壊的なはたらきをする。

私たちが次の一歩を踏み出すとき、先に歩いたキリスト・イエスの存在によって力づけを得る。

-----

新年に移行する第8夜は、二つの異なる時間の上を通る。
12夜の中でも特に、神秘的な夢を見ることも多いと言われる。

神的な“私”に向かう旅の途上で、他者との関係性も変化していく。
これまでのように、比較、競争、勝ち負け、奪い合いといったものは意味をなさなくなる。

それらはまだ地上世界の大部分を形作っているように見えても、やがて消え去らなければならないだろう。
そのゲームを続けるのは、自分がまだ眠っていると宣言することでしかない、という時が近づいてくるだろう。

未来において、進化した人間は、他人の感情をも自分のものとして感じるようになるのだという。
他のすべての人が幸福でないかぎり、自分の完全な幸福はないというのは、文字通りのことなのだ。

他人に対して腹を立てたり、その他不快な感情を抱いた時、意識的に気づくことができるように、他者の苦しみを他人事として知らんぷりすることが自分の苦痛になるように、高次の“私”は遠い道を導こうとしているのだろう。

12夜の期間は時間ではなくて空間だというのは頷ける。
遠い過去も約束の未来も、ここに同時に存在すると感じられるからだ。
  
posted by Sachiko at 00:02 | Comment(0) | クリスマス