マリア・グリーペ「森の少女ローエラ」より。
パパが結婚しているかどうかという質問に、アグダ・ブルムクヴィストは笑いながら答えた。
アグダの話しかたは不愉快だったが、話の内容はローエラを落ちつかせてくれた。
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「あの人と結婚したがる人なんかいないでしょうよ。いたら、お目にかかりたいものだわ。
あなたのおとうさんて人はね、とても自尊心の強い人なのよ、ほんと。その気ならイリスと結婚できたのに、あのばか、イリスじゃものたりなかったのね。あらあら、失礼。」
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パパをしたう気持ちがますますつのってくる。
あの人をほしがる人なんていないでしょうよ、ですって?
かまやしない。あたしは、あたしは、ほしいんだ。
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ローエラにとって、熱っぽい期待に満ちたお祭り気分に巻き込まれた町のクリスマスは、忘れられないものになっていた。
ママからもアディナおばさんからもプレゼントが届いた。
けれどクリスマスの晩、心の奥でふるさとの思い出がよみがえると、ローエラは森の世界を裏切っているような気分になった。
クリスマス休暇が明けてモナが戻ってきた。
モナとはうまくいっているとは言いがたいが、関係はしだいに好転してきた。でも時々衝突が起こり、けんかになる。
そういう時ローエラは、都会の人には耳慣れない、森の住人が使う罵り言葉を浴びせる。
さらに、「黒アネモネ、月の光、オオカミイチゴ」と、魔法の呪文を唱えると、その響きはモナを圧迫し、モナのとっておきの悪態も効きめがなくなってしまう。
この呪文は、物語の最初のほうで何度か出てくる。
ローエラが不機嫌なときに、もっと大きな不幸にあわないために口にする呪文だ。
アグダ夫妻がやって来た時は、煙突のてっぺんに登ってこの呪文を叫んだ。
ちなみにきげんのいい時の呪文は「白アネモネ、日の光、ヒメマイヅルソウ」だ。
こちらはすべての善霊に対する感謝と祈りのことばだが、これはもう長いあいだ口にしていない。
白アネモネは実在する。黒アネモネという花はローエラの創作のようだ。
ヒメマイヅルソウは白い可憐な高山植物だが、オオカミイチゴは聞いたことがない。これもローエラの創作らしい。
「黒アネモネ、月の光、オオカミイチゴ」
この不思議に魅力的な呪文には、森に生きる者の、犯しがたい誇りとも言えるような凄みがある。
そうしてローエラの中に森の力がよみがえり、モナを黙らせてしまうのだろう。
2021年02月15日
魔法の呪文
posted by Sachiko at 22:19
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