2021年02月06日

新しい体験

マリア・グリーペ「森の少女ローエラ」より。

ある日学校から帰ると、部屋には新しく来た少女がいた。
ホームではみんな相部屋なのだから、ローエラの部屋だけがいつまでも個室であるはずはなかった。

モナという14歳の少女の荷物は多かった。
服や靴、化粧道具、アクセサリー、週刊誌....
盛り上げた髪に、短いスカート、口紅、アイシャドー、そして調子っぱずれの流行歌を歌っている。

モナは地方出身だったが、田舎の暮らしを死ぬほどたいくつだと考えているらしかった。


クリスマスが近づいた町はいっそう騒々しかった。
たくさんの買い物包みを抱えた人々が行き交う。

ローエラは文房具を買うつもりだったが、田舎の店と違って勝手に品物を手に取って向こうのレジで支払うというしくみが、ローエラにはわからない。
みんな買い物が楽しいと思っているらしいことも不思議だった。

その時、プレゼントを買いに来た二人の同級生に出会った。
ローエラは二人にすすめられ、パパへのプレゼントに髭剃りクリームを買うことになる。

ローエラの気持ちが渦を巻いている。
困惑、良心のとがめ、それ以上に、期待と、秘密のよろこび!
パパのプレゼントを買っておくほど大事なことはないように思えてきた。

二人はさらに、アイスクリームを食べるという。
ローエラはこの二人のことをあまり知らないが、それでいい。

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このものすごい騒音のうずのまんなかに友だちといっしょに立っていること、こうしてゆっくりとアイスクリームをなめなめ、人よりはやく食べすぎないよう、じぶんの舌とみんなの舌に注意して、ソフトクリームごしに友だちの目を見ていること ---
それはひとつの、心にしみいる体験であった。

都会にあるのは孤独だけと思っていたが、実はそうでもない。こんなにすばらしい瞬間だってあるのだ。
他人のことをあまりよく知るひつようはない。よく知らなくても、共通のものはたくさんもてる。ちょうどいまのように。

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物語の背景はたぶん1960年代で、当時スウェーデンの町がそれほど騒々しかったとは思えないけれど、電気もない森の暮らしから見れば、何もかもが色彩や音の洪水に見えただろう。

何ということのないアイスクリームの一件も、ローエラにとっては初めての、町で暮らすふつうの少女らしい体験だった。
このひとときは、忘れがたい輝きを放って、都会生活への認識を変えた。

都会の孤独が森の孤独とは違う性質を持っているように、都会の人間関係も、ローエラがいた村とは違っている。

今は、森で弟たちを守りながら、何もかもひとりで切り盛りしていた時とは違う。暮らしの厳しさが抜けた分、新しいものが入る空間ができたようだ。

それは学校や友だちとの時間であり、パパのことを考える時間だ。
プレゼントを買ったことで、パパの存在は現実味を増した。
そして不意にひとつのおそろしい考えが浮かぶ。
パパは結婚しているかもしれない、ほかに子どもがいるかもしれない、もしそうなら帰ってくるはずがない....

ローエラはそのことを確かめずにいられなくなる。知っていそうな人は、あのアグダ・ブルムクヴィストだけだ。
ローエラはアグダの家に向かう....
  
posted by Sachiko at 21:59 | Comment(0) | マリア・グリーペの作品