マリア・グリーペ「森の少女ローエラ」より。
ある吹雪の日、ローエラはまた村へ遠征に行かなくてはならなくなった。こんな日は村人も外に出ていないのでかえって都合がいい。
バスケットを一杯にしての帰り道、後ろから車の音が聞こえた。
ついに、アグダ・ブルムクヴィストが来たのだ。
早く家に入って鍵をかけてしまおうと思ったが、遅かった。
ローエラは岩のあいだの落ち葉の陰に隠れた。
アグダと、もうひとり男の人がいる。おしゃべり、笑い声。
ローエラの目に、アグダはいやな人間に見える。
小さい弟たちをひきとってくれるのは、こんな人だったのか...
ローエラは二人の話し声に聞き耳を立てた。
...子どもたちの出費はイリス(ママの名前)が持ってくれる....
...小さい頃のローエラは手に負えない子だった、きっと父親似なんでしょうね...
...美男だけれど横柄で高慢な人だったわ...
何度もパパの話が出てきた。いい話ではなかった。
長いあいだ、ローエラにとって存在しなかったパパが、実在のものとなった。
アグダの話はもう聞きたくない。あの人たちにパパのことをとやかく言う権利はない!
ローエラは裏から煙突に登って叫んだ。
「とっとと立ち去れ!消えてなくなれ!」
投げつけた菓子パンやケーキが二人に当たったようだ。
車の音が遠ざかっていった。
一見勝利したように見えたが、この事件はアグダを一層熱心にさせてしまった。翌朝、アグダ夫妻といっしょに、児童保護委員会の代表ふたりがやってきた。
女たちはさっさと荷物をまとめ、弟たちとローエラは、家を後にしなければならなかった....
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子どもは、保護されなければならない。学校教育も受けなければならない。それは間違っていない。
けれど、ここで登場する大人たちとローエラとの極端な温度差....
事務手続き、杓子定規、決まりごと、書類、大人の都合、お役所仕事、浅い常識...
そうした言葉を寄せ集めてできているような人々...
さらに、アグダ夫妻には抜け目のないずるさがある。
車に乗せられたローエラの“いのち”が、敗北を噛みしめる。
児童保護委員会の女の人はアグダよりましで、アグダに取り上げられそうになった家の鍵を返してくれて、町ですごすのは冬のあいだだけだと言った。
森の中で子どもだけで暮らさせるわけにはいかない。子どもの保護は、この人たちの仕事だ。
それは外的な保護で、魂に寄り添うことはない。もっともローエラもそんなことは望んでいない。
まるで、互いに遠く離れた別の次元に住んでいるような人々...
車に乗る前に、パパ・ペッレリンのところを通った。
パパの古着を着たかかしが腕をひろげて立っている。ローエラはその腕に飛びこんでいきたかった。
ここではかかしでさえ、はるかに生き生きと温かく、ローエラに近い存在に見える。
2021年01月13日
パパの存在
posted by Sachiko at 22:47
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