2020年11月01日

炉端の物語

「ANAM CARA -- A Book of CELTIC WISDOM」(John O'Donohue)より。

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アイルランド西部では、多くの家に直火の暖炉がある。
冬に、凍てつく荒涼とした景色の中を歩いてどこかの家を訪ねると、そこには暖かい炉端と火の魔法が待っている。

泥炭の焚火は古い時代からあった。
泥炭は大地から取り出され、遥か遠い時代の木々や野原の思い出を運んでくる。
家の中で、そこに馴染みきったように土くれが燃えているのは不思議なことだ。

愛すべき炉端のイメージは、家の象徴であり、温かい帰還の場所だ。
すべての人の内なる孤独の中には、明々と輝く暖かい炉端がある。

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今日はケルトの新年で、これから冬の半年に入る。
凍てつく冬と暖かい炉端はひとつだ。
炉端で語られる冬の夜話は、不思議に満ちていたことだろう。

ここに書かれているように、内界においても、孤独が深ければいっそう沁みるように暖かい暖炉が奥にあるのだろう。
そこで燃えるものは、広大な魂の大地から取ってこられたものに違いない。


幼い頃訪ねた田舎の親族の家には、まだ囲炉裏があった。
当時は何か田舎じみて古臭いもののように思ったが、家の真ん中に燃える火が陣取っていてそこに人々を集めるということは、まさに家の象徴としての力を持っていたのだ。

あの火の力を思うと、真冬でもスイッチひとつで家の隅々まで快適な温度を保つ現代の都会の家は、“帰る場所”としての求心力が弱いのか、むしろどこか寒々しさを感じてしまう。

今週の天気予報には、ついに雪マークがついた。
せめて内なる暖炉の火を見つめてみよう。
   
posted by Sachiko at 22:16 | Comment(4) | ケルト