2020年08月01日

“ひとり”は悪か?・2

「己の影を抱きしめて」(清水真砂子インタビューより)

前回、ひとりでいることはいけないことだと思い込まされている学生たちの話を書いた。
ではどんな力が、なぜ、そう思い込ませているのだろう。

何かで読んだ、恐怖政治のコミュニティの物語があった。
恐怖政治というと、常に背中に銃を突きつけられているようなイメージが浮かんだが、そうではなかった。


そのコミュニティでは、すべてが十分にある。
衣食住は満たされ、仕事もある。
ただし、仕事はひとりで行なってはならず、必ず二人以上でなければならない。

夕食後にはレクリエーションの時間があり、そこでもあらゆる娯楽設備が用意されている。
このレクリエーションには、“必ず”参加しなければならない。
つまり、常に誰かに監視されていて、けっして人をひとりにしておかない....


「人はひとりでいる時が一番賢い」と言ったのは誰だったか。
集団、群衆、衆愚...と、大勢の塊(mass)になるほど愚かになる、と。

このことにも二面性がある。
人が集まることが難しくなった昨今の世界的騒動は、人を分断する力に見える。
同時に、ひとりでいる機会が増えて、自分の内側を見つめることが多くなったという人々もいる。

孤立ではない、ひとりの在り方。
群衆ではない、人々のつながり方。

ひとりひとりの内なる深みに在る「私であるもの」。
『ゲド戦記』は、他の多くのファンタジー作品とは違い、外的な善玉と悪玉の闘いではなく、自分自身の影を統合して真の英雄になる物語だ。

清水さんが「とにかくひとりでいる時間をたっぷりと持ちなさい」と言ったのは、そういうことなのだと思う。
ひとりの深みで、自分自身と世界の真の姿に向かう。
自由な人間を怖れる得体の知れない輩に力を与えないためにも。
   
posted by Sachiko at 22:06 | Comment(2) | 未分類