2020年03月21日

フェルウェの妖精たち

『ZWERGE, GNOME UND FANTOME』(アニー・ヘルディング著)より。

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妖精界において、小人は特殊な位置づけにあります。
他のエルフたちは、繊細で優雅で軽やかな、女性的な自然霊ですが、小人はより地上的でこの世界に近い存在に見えます。

小人は通常、やや屈んだ格好で、老人のような長い髭と、形のいい鼻を持っています。
神秘的な存在の小人たちは、神々がまだ地上を歩いていた古い時代から人間と関わってきました。

小人たちは私たちを助けることができ、前夜には終わりそうもないように見えた仕事が、彼らの働きによって、翌朝には突然片付いていることなどが伝えられています。

自然霊たちは、動物にとってもリアルな存在です。
ある日私が森を散策していた時、痩せた小人が私といっしょに走っているのに気づきました。

猫もいっしょにいましたが、猫は明らかに小人をよく知っていて、彼らが初めて会ったのでないことは、その反応からすぐにわかりました。
彼らは互いの周りを回りあってたわむれながら、私について来ました。

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小人たちが仕事を助けてくれるなど、古いおとぎ話のような話だけれど、きっとおとぎ話のほうが体験に基づいていたのだ。

ところで妖精や小人たちの名前は、日本語に訳しにくい。
本の中ではいろいろな呼び名が書かれている。
Erdmännchen、Zwerg、Gnome、Kobold、Wichtel....
日本語ではどれも「小人」だ。

ちなみに白雪姫の小人は“Zwerg”だが、ルンペルシュティルツヒェンの小人は文字通りMännchenとかMännlein(小さい人)と書かれている。

ずっと昔、日本のどこかの民間伝承で、「こぼると様」という存在を崇めている話を聞いたことがある。
コーボルトはオランダ起源なので、オランダ貿易の時代に文化が紛れ込んできたのかもしれないが、調べてもわからない。もう消えてしまったのだろうか。

いずれにしても、ドワーフそのもの、ノームそのものを表わす日本語はないのが悩ましいところなのだ。
   
posted by Sachiko at 22:13 | Comment(4) | 妖精
2020年03月19日

夜明け前の星たち

夜明け前の南東の空、細い月の傍に、土星、木星、火星が集まっていた。

wakusei.gif

天気予報で早朝晴れることを確かめ、この星たちを見るために5時前に起きた。空が開けた場所なら、地平線上に水星も見えるはずだ。

ここにはいない金星は、今は宵の明星として、西空に夜9時過ぎまで見えている。

今月11日以降、惑星たちはまたすべて順行している。
星たちはみなそれぞれに、“何か”ではなく“誰か”なのだということが、この時代、いっそうはっきりと響いてくる。

そして明日は春分、また大きな節目だ。
気がつけばもう、最低気温もプラスになっていて、雪が消えた場所には新しい芽が出ている。

芽吹きの春、植物が発芽する力には、火星のはたらきが関わっているという。
  
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(0) | 宇宙
2020年03月17日

ふきのとう収穫

裏のふきのとうを採ってきた。
雪の下にはまだもう少しありそう。

fukinotou2.jpg

こうして毎年、春には同じ植物が芽を出し、年中行事が繰り返される。
これは、女性が本来得意とする、循環する“まるい”時間だ。

「同じことの繰り返し...」などとぼやくには及ばない。
暮らしはこのような循環でできている。
それはいのちのリズムで、とても古い時代の文化を形づくっていた。

古い叡智はどこかに隠れ、それを細々と保ち続けた民族も、歴史の端に追いやられてきたけれど、どうやら裏が表になる時代が来たようなのだ。

神の呼吸はゆったりとしていて、変化に要する時間は、人間の時間から見れば途方もなく長く困難に感じるかもしれしれない。

人間が神のリズムで生きていれば、それもどうということはないのだろうか。1万年以上続いた縄文時代のように。

なんだか壮大な話になったけれど、ふきのとうの話だったっけ?これは今年も天ぷらと化した。
  
posted by Sachiko at 22:40 | Comment(2) | 季節・行事
2020年03月15日

今年もスノードロップ

春一番の花、スノードロップがひとつ咲いているのを見つけた。

snowdrop2.jpg

長く寒い冬が明けたあとの春は、ことのほか嬉しく、輝いて見える。
が、この冬はさほど寒くも長くもなかった。

せっかくスノードロップが咲いたのに、どこかで「ああ...もう春か...」などと思ってしまっている(-_-;
熟睡できないまま夜が明けて、「ああ...もう朝か...」と思う感じに似ている。

雪の降らない地方、冬でも何かの草や花を見ることができる地方では、冬と春をどこで区別するのだろう。

凍てつく冬と、最後の雪をつらぬいて光が輝き出るような春のコントラストが美しいのに...
この冬は、真冬日も長続きせず、何度も雨が降り、くっきりしたコントラストが味わえなかった。

家の裏ではふきのとうが顔を出している。
冬は終わってしまった。気を取り直して春を楽しむことにしよう。
イースターまであと1か月を切っている。
  
posted by Sachiko at 22:25 | Comment(0) | 季節・行事
2020年03月14日

小人たちの旅・2

『ZWERGE, GNOME UND FANTOME』(アニー・ヘルディング著)より。

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うぬぼれた人々は、証明されていないものや未知のものなどを迷信として片付けてきましたが、今日では超自然的(つまり、証明不可能)な現象は、数十年前よりも敬意をもって扱われるようになりました。

フェルウェにおいては、そうした古い家族の言い伝えが新たによみがえるということが起こっています。
それらのロマンティックで秘密に満ちた話、祖父母が若かった頃の体験は、若い世代に引き継がれ、穏やかに語ることのできる物語として再び明るみに出てきています。

それぞれの家族には独自の体験談があり、日が短くなり夜が長くなるころに、暖炉のそばで語り継がれました。
それらは不思議で神秘に満ちた詩的な物語です。

フェルウェの人々はそうした秘密の物語を、すぐにはよそ者に明かさないため、私は少しずつ彼らの不安をやわらげ、信頼を得ていき、やがて彼らの物語を聞くという大きな特権を得ることができました。

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そうしてアニー・ヘルディングは幾つかの物語を書き留め、自身の経験を加えていった。


小人たちが住処である土地を離れるときには常に理由がある、と書かれている。
小人たちの行列として知覚されたものは、もうひとつの世界に存在するものたちの、独特のエネルギーの動きだったのだろう。

たとえば、春になってシベリアに帰る白鳥の群れや、桜前線の北上といった目に見える現象の背後で、それらの現象を司る目に見えない存在たちがいっしょに旅していたとしてもまったく不思議ではない。

季節が移ろって行くとき、昼と夜が交代するとき、別の目が開けたなら、そこに自然霊たちの軽やかなダンスを見ることができるだろう。


そして、自然環境に変化が起きた土地から自然霊たちが去っていくという話は、アニー・ヘルディングだけでなく自然霊を知覚する複数の人々が同じように語っている。

あくまでも物質界だけを唯一の世界と信じる文明を突き進むのか、その背後の世界に敬意を払う文化に移行するのか、世界が大きな分岐点に来ていることを確かに感じる。
  
posted by Sachiko at 21:45 | Comment(0) | 妖精