2020年01月19日

橋を架ける話

ウルスラ・ブルクハルトの「Das Märchen und die Zwölf Sinne des Menschen(メルヒェンと人間の12感覚)」の中で、このような中東のおとぎ話について紹介されている。

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「・・新しく創造された地球の上で、人々は川と渓谷によって分断されていることに苦しんでいました。

人々は互いに知り合い理解しあうために集まりたかったのですが、その方法を知りませんでした。

そこに大きな天使が現われて片方の翼を川の上に置き、橋が何であるかをイメージで示しました。」

天使は人間に「橋を造れ」と指示することができなかった。誰も橋とは何かを知らなかったから。
天使は彼らにイメージ像の中で新しい考えを与え、それは人々にとって内なる考えとなった。

その考えから彼らは最初の橋を造ることができた。人々はイメージを理解し、それを行為によって現実のものとした。

天使は天の使い、人類の教師で、夢や物語を通して、彼らは捜し求めている人々に答えと洞察をもたらした。
天使たちは、別々に分かれた世界、天と地、神と人間、人間の中の意識と無意識を結びつけ、人類の善のために働く。

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以前から、着想というものはどこから来るのか?と思っていたが、この話はそこに光を当ててくれるようだ。
人間の内なる考えに先立って、高次存在からイメージ像がやってくる。人間が地上で現実化したものは、すでに別次元にイメージとして存在した。

天使が翼を川の上に置く、このイメージはとても美しい。
古いメルヒェンはこのようなイメージ言語で語られていて、人々がイメージ像をそのまま内なる考えとして理解することができた時代があった。

幾つものメルヒェンや伝説の中で繰り返し現れる象徴がある。
森の中で道に迷う、三つの宝、たくさんの男の子のあとに生まれる女の子、賢い末っ子、魔法にかけられて動物の姿になる、雪の上に落ちた三滴の赤い血.....etc.

現代人はもうこれらのイメージ像をそのままでは理解できない。幼い子どもはできるらしいが、現代の子どもたちの環境は、イメージを内的に体験する間もなく、大人社会の「現実」への適応を強要されているように思える。

こうして分断は続く。だが“イメージ”は今も、あちらとこちらを繋ぐ橋なのだ。
橋を架ける場所は、各自の内側深いところにある。それが天使の翼なら、安心して渡れる気がする。
   
posted by Sachiko at 22:08 | Comment(0) | ウルスラ・ブルクハルト