2020年01月04日

宇宙樹ユグドラシル

ウルスラ・ブルクハルト「Das Märchen und die Zwölf Sinne des Menschen(メルヒェンと人間の12感覚)」より。

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正反対のことを通して、人間は自身を人間たらしめる。
人は地上をつかのま通り過ぎるものでありながら、なお永遠である。多くの点で獣のように生きるが、それでも高い理想に向かって努力する。

これを示すひとつの例は、レムニスカート(∞)の上部と下部のふたつの円の結合である。私たちは木の中に、根と樹冠がかたち作るもうひとつのイメージを見る。

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ユグドラシルについては、以前別の記事で少し触れたことがある。
私が13歳の時、たまたま聞いた「ユグドラシル」の名前に、なぜか雷に打たれたような衝撃を受けたという話だった。

「エッダ」の最初の章「巫女の予言」で、トネリコの大樹であるユグドラシルについて述べられている。
ユグドラシルには三本の根があり、それぞれ、神々の住まうアスガルズ、巨人族の住むヨーツンハイム、凍てつく暗黒のニッフルハイムに続いている。

根の下の泉のほとりには、ノルン(運命の女神)と呼ばれる三人の乙女が住んでいる。それぞれウルズ(過去)、ヴェルダンディ(現在)、スクルド(未来)という名を持ち、人間や神々の運命の糸を紡いでいる。

ユグドラシルは、Ygg(オーディンの別名)のdrasil(馬)という意味だと言われているが、ウルスラ・ブルクハルトのこの本には別の記述がある。

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ユグドラシルは『私』であり、自我の担い手である。
Yggは「私」であり、drasilは「担う」という言葉に語源を持つ。

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神の名が「I AM」であるように、北欧神話の主神オーディンの別名が「私」であっても不思議はないかもしれない。同様に、人や荷を運ぶ馬が「担うもの」を語源としていたとしても。

こうして、神話はもう一段深いところに光を当てられる。
この自我の担い手が運ぶのは小さなエゴではなく、人間の中の永遠性を持つ自我だ。

だとすれば、自我が本格的に活動し始める思春期に、この巨樹のイメージが電撃のようにやってきたのも偶然ではなかったのだろうか。
新年最初の記事を何にしようかと思っていたとき、やはりこの宇宙樹の話がふさわしい気がしたのだ。
ユグドラシルの話はもう少し続く。
  
posted by Sachiko at 22:46 | Comment(0) | ウルスラ・ブルクハルト