2019年10月06日

コーボルト

『Lord of the Elements』(Bastiaan Baan著)から。
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アニー・ヘルディングの本を読んだ後、私は彼女を何度か訪れ、一緒に自然を観察した。彼女は私に自然霊を描いた何十枚もの絵を見せてくれた。

私は、この年配の女性(彼女は80歳以上だった)が明らかに日常的に自然界の背後の事象を見ることができたことに深く驚き、感銘を受けた。

アニー・ヘルディングは、1903年にインドネシア(当時のオランダ東インド)で生まれ、子供の頃から霊視能力を持っていた。
彼女は文章と絵の才能を伸ばし、1950年代から、霊視したことを言葉とイメージで表現するようになった。

そして、長い年月にわたって交流したコーボルトに似た自然霊ヨドカスとの出会いを、文章と水彩画で記録した本を作った。
このコーボルトは、オランダのフェルウェの村、トンヘレンの近くでさまざまな異なる形で彼女の前に現れた。

私たちが持っている小人たちのイメージはあまりにも固定されている。現実にはこうした存在たちは、霊視者の目の前に多くの異なる色と形をもって現れる。

彼女は、自然の精霊は非常に変化に富んでいて、それらを適切に描写することはほとんど不可能だと言った。

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アニー・ヘルディング(オランダ語の発音では“ヘルディング”だと思うのでこの表記にした)の、コーボルトとの交流の話は、以前紹介したウルスラ・ブルクハルトの「カルリク」を思わせる。

普通の人間が、目や耳など、この物質界を知覚するための感覚器官を持って生まれてくるように、霊視者と呼ばれる人々は、物質界とは別の領域を知覚する器官を生まれつき持っているようだ。

普通の人が、例えば同じ1本の木を見たときに同じように知覚するように、霊視者たちが自然霊を同じように知覚してもまったく不思議ではない。
それを描写する場合は、木の描写と同じで、それぞれの感性によって違いが出るだろう。

視覚を持たなかったウルスラ・ブルクハルトはカルリクの姿を塑像として作り、アニー・ヘルディングはスケッチや水彩画で描写した。

ヨドカス(Yodokus、読み方はこれでいいのだろうか...)と呼ばれるコーボルトとの交流におけるエピソードがこのあと続いていくが、これもとても興味深い。
   
posted by Sachiko at 22:16 | Comment(0) | 妖精
2019年10月04日

メープルシロップの話

季節外れの夏日も終わり、この週末からは一気に気温が下がるようで、本格的に紅葉も進むだろう。ようやく本来の秋がやってきた。

「植物と叡智の守り人」(ロビン・ウォール・キマラー著)の中に、伝統的な方法でシュガーメープルの樹液を採取する話が載っている。(樹液の採取は冬の終わりで、これも季節外れの話なのだが...)

大量の樹液を、夜通し煮詰めて煮詰めて、わずかなシロップができる。火が燃えさしになってしまい、朝、ポリタンクの中の樹液が凍っていた。

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・・・私はふと、私たちの祖先がどうやってメープルシュガーを作ったか、以前聞いた話を思い出す。表面の氷は水だけなのだ。
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人々は毎朝氷を取り除き、桶に残った砂糖水はそのたびに濃くなった。濃縮されてから煮詰めれば、ずっと少ないエネルギーで砂糖ができる。
凍りつくような夜の寒さがたくさんの薪の代わりをしたのだ。

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寒さが薪の代わりをする....
このことから、オホーツクの流氷でオンザロックを作る話を思い出した。
海水から真水を取るには、加熱して出た蒸気を冷やして水にするが、表面を凍らせて水だけを取ることもできるわけだ。

ほぼ水だけが凍るといっても100%ではなく、実際には流氷には薄い塩味がついていて、他のミネラル分も抜けきらず、味はまずいらしい...
樹液の上に張る氷も、ほんのわずか甘いのかもしれない。

私はプリンを作るときには、カラメルを使わずメープルシロップをかける。これがいつからか定番になった。
カエデ属の紅葉は美しい。北海道に多く自生するイタヤカエデからも、メープルシロップを採ることができるそうだ。
  
posted by Sachiko at 22:08 | Comment(0) | 季節・行事
2019年10月03日

スティルウォーター教

これなら信者になってもいいかな、と思う「スティルウォーター教」は、以前少しだけ触れたことがあるが、ターシャ・テューダーが家族とお遊びで作った宗教だ。

静かな水のように心穏やかに暮らすこと、大きな波に流されず自分の速さで進むこと、を信条とする。

「スティルウォーター教徒は生活を楽しみます。重荷にしてはいけません。」(ターシャ・テューダー)


時代はますますそれとは真逆の方へ煽ってくるように見えても、それが自分の心に沿わないなら、ほうっておけばいい。

私はルンバよりもほうきが好きだ。
それは1分間に何グラムのホコリを除去するか、という計測とは別の次元のことだ。
その別次元の感覚を何と呼ぶのか、言葉ではうまく表せないけれど。
(もちろん掃除機も使う。ある時代で時間を止めたいわけではない。ターシャも、掃除機も冷蔵庫も使っていた。)

昔、ガスコンロの上にのせて使うタイプの古いオーブンが家にあった。温度設定もアナログだったが、コツを掴めば何の不自由もなくパイも焼けた。
電気を使わない古い道具には、使う人の「手になじむ」という感覚がある。そうして道具はその人の暮らしになじんでいくのだ。

ターシャは短いスカートが流行しても、「わたしはこれが好き」と長いドレスを作って着続けた。
最新流行のものは、いちばん先に古びてしまうものでもある。半年前の流行など、もう誰も憶えていないだろう。

自分自身の「好き」にほんとうに従うときは他人の動向は気にならないし、外側の何かの力に煽られることもない。

効率を追い、無駄だと言って切り捨てた時間の中にあったものが、実は人生そのものだったとしたらどうだろう。
「価値のある良いことは、時間も手間もかかるもの」(ターシャ・テューダー)
  
posted by Sachiko at 21:36 | Comment(2) | 暮らし
2019年10月01日

ケンタウロスの花

昔からおなじみの花、ヤグルマギク。
別名をコーンフラワーというのは、穀物畑によく生えていたからだとか。

centaurea.jpg

白やピンクなどいろいろな色があるが、中でもやはりこの青は美しい。
昔からどこにでもあり、ほとんど雑草に近い花に思えるが、ドイツの国花はこのヤグルマギクだ。

学名はセントーレア(Centaurea)という。ケンタウロス(Centaurus)に由来する名前だ。

ケンタウロス族の中で、ケイローンと呼ばれるケンタウロスは、芸術や医術に優れた、賢く善良なケンタウロスだった。
このケイローンが負傷したときに、ヤグルマギクの花によって傷を癒した。

屈強なケンタウロスと小さなヤグルマギクの花がどこでつながるのかと思ったら、そんな話があったのだ。

確かにヤグルマギクはハーブ事典にも載っていて、花の浸出液には収れんや消炎の作用があり、古くから傷薬として使われていたという。

花は、エディブルフラワーとしてサラダに添えることもできる。青い花を夏のサラダに散らしたら美しいだろうと思う。

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この記事はどのカテゴリに入るのだろう...神話か庭かハーブか...
とりあえずハーブに入れておきました。
  
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(2) | ハーブ