2019年10月14日

杉ぼっくり

松ぼっくりならぬ、2センチほどの小さな杉ぼっくり。

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木から落ちたばかりのみずみずしさを残し、指で押すとオイルが滲み出てきて、すばらしくいい香りがする。
スッキリとした針葉樹の香りは、これぞ森の香りだ。

香りのエルフたちがどのようにして植物それぞれの香りを創り出しているのか、これもまた不思議なはたらきだ。

造り酒屋では新酒ができると軒先に杉玉を飾る。
新酒と針葉樹は、世界的に何か共通の意味があるのか詳細はわからないが、ウィーンのホイリゲ(ワイン酒場)でも、新酒が入ったしるしにモミなどの針葉樹の束を入り口に飾っていた。


杉ぼっくりを拾った近くでは、小さな若いエゾリスが数匹、木を登ったり下りたりしていたし、黒い羽根と赤いお腹のヤマガラも姿を見せた。

2週間ほど前にはまだ緑色だったオオウバユリの莢は、すっかり茶色になってはじけていた。

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posted by Sachiko at 22:52 | Comment(1) | 自然
2019年10月13日

ミツバチの思い出

『Lord of the Elements』(Bastiaan Baan著)から。
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自然霊たちは、過去と未来が共に今に生きている世界に存在する。
このエーテルの領域は、人間はたとえば臨死体験のパノラマとして体験することができる。

そのように、小人たちは未来の出来事を予見することができる。
自然霊たちは自分たちのいる地点から簡単に追い払われることはない。目に見える世界の要素が消えてからも、彼らは慣れ親しんでいたものの生きた記憶を保つことができる。

アニー・ヘルディングは、蜜蜂が生きていたときの記憶を保っている荒れ果てた養蜂場跡でコーボルトのグループを見た。彼らの意識では、過去は現在の内に生きていた。

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「勤勉なミツバチの“気”は、長い年月そこで働いていました。
コーボルトたちは自分たちが養蜂場の一部になったと感じていました。彼らはそこに属し、一緒に働いていたと思っていました。

彼らは、ミツバチが巣箱を行き来するようすを非常に強くイメージし続けたので、巣箱がなくなったときにもミツバチを見失うことはありませんでした。毎春、コーボルトたちを通して果樹園のそばの古い養蜂場は存在していました。

5人の小人たちは、草と野花のあいだに心地よく座って、小さな生きものたちを思い続けていました。実際には、古い屋根藁と数本の柱のほかは、養蜂場には何も残っていなかったのですが。

果樹園はなくなり、果樹は伐採されて、芝生と草地の境界線の代わりに小さなバンガローが建てられました。
それでも、彼らが元いた住処を諦めるには、長い時間がかかりました。

やがて養蜂場のイメージは、ぼんやりとかすかになり、より多くの断片が失われていくことで、ますます不完全なパズルのようになりました。
そしてついに、彼らは完全にあきらめました。

5人ののコーボルトはどこへ行ったのか、ある日、彼らはもうそこにいませんでした。
彼らはバンガローの近くには住むことができず、もはや夢を経験することができませんでした。ミツバチと花々と、花咲く古いリンゴの木の夢を....」

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この文章からは、不思議で、厳かで、物悲しい気分を呼び起こされる。もはや戻らない遠いものたち。

うち捨てられた家や農場、集落、町....
そうした場所では、なおしばらくのあいだ小人たちが残って追憶の中に暮らし、やがて諦めて去っていくのだとしたら....
ゆっくりと朽ちていき、草に覆われるまでのあいだに、小人たちの夢が薄らいでゆく。

「フィンドホーンの魔法」の中に、自然霊たちは地球上に住んでいた古代人種の物語を好ましげに回顧する、という話があった。
生きものたちがいなくなり、AIばかりが動き回るようになるとき、自然霊にとって地球自体が失われた夢のようになってしまうかもしれない。
  
posted by Sachiko at 22:28 | Comment(0) | 妖精
2019年10月11日

ドロバチの巣

空になったドロバチの巣が二か所にあるのを見つけた。

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庭でよく見かけるフタオビドロバチのものだろうか。
成虫になって出て行った穴があいていて、もう使われていないようだ。
このタイプの巣は中はどうなっているのか、いわゆる蜂の巣らしい形ではない。

今日はイトトンボを見たし、ベニシジミもまだ飛んでいる。
今多く見かけるのは大型のマルハナバチだ。越冬に備えて栄養を蓄えている女王蜂かもしれない。

こうして今年もまた、小さな生きものたちの四季は巡る。
このサイクルが途切れることのないように。

来週は一気に寒くなり、天気予報では峠や山間部で雪になるかもしれないと言っている。
平地の雪はいつになるだろう。雪虫がたくさん飛びはじめた。
  
posted by Sachiko at 22:06 | Comment(0) | 自然
2019年10月10日

動物と自然霊

『Lord of the Elements』(Bastiaan Baan著)から。
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動物は通常、異なる領域の自然霊を認識することができ、その存在に反応する。
ヨドカスが白鳥のために小さなダンスを踊るとき、いくらかの相互作用があることを、白鳥たちの行動から知ることができる。

アニー・ヘルディングは、ヨドカスを異なる色や形で描いた。
彼が黒服に身を包んだように見えるとき、彼はコウモリに似る。ダリアの前に立つと、オレンジ色に変わる。
そして時々、彼は大きなリスの尾を持つ自分をイメージして、リスに似た姿に変わる。

彼女は水彩画で、彼が様々なイメージ豊かな外観に移行するようすを描写しようとした。

「ヨドカスは私に近づいてじっと見つめると、彼の黄金色のスーツはカメレオンの皮膚のようにゆっくりと色を変え始めました。

彼は緑がかった黄色から茶色がかった黄色になり、しまいにゼリーのように透明になりました。
コーボルトの輪郭をぼんやりと見ることができましたが、最後に彼はすっかり消えてしまいました。」

自然霊たちは、ある範囲において姿を現したり消したりする能力がある。イメージで描かれた絵でノームが身に着けている衣服もまた象徴なのだ。

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動物たちはやはり自然霊を認識することができるようだ。
背後に自然霊たちがいることを認識しながら動物の動きを見ると、世界はまた別様に見えてくる。

枝の上で不思議な動きをする小鳥や、素早く木を駆けのぼるリス、編隊のかたちを変えながら飛ぶ渡り鳥の群れ....

色や形を変えながら素早く動くコーボルト(ノーム)たちを、固定した姿で捉えることは難しそうだ。

以前の記事で、ウルスラ・ブルクハルトがノームの蝋人形を作って、これは像にすぎないと言ったことを思いだす。
塑像や絵本などに描かれている小人の姿は象徴なのだが、背後にいる彼らの実在に意識を向ける入り口にもなるのだろう。
  
posted by Sachiko at 22:09 | Comment(2) | 妖精
2019年10月09日

イボタの実

イボタの木は私が植えたのではなく、家の裏手の隅に最初からあったものだ。熟すと青黒くなる実は、今年はほとんど実らず、小鳥たちの餌にもなりそうもない。

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子どもの頃、向かいの家の角に生えていた。花を摘んで何かの遊びに使ったことがあったかも知れない。
どうということもない木だったが、そのあたりの景色と一体になって、記憶の中で不思議に存在を主張している。

生垣に使われているのを多く見かけたが木の名前はわからず、ずっと後になってイボタだと知った。
初夏には芳香のある小さな房状の白い花が咲く。すこしジャスミンの香りに似ている気もする....

ふだんはめったに見にも行かず気に留めることもない木なので、気がつけば伸びた枝が塀越しに裏の家のほうへはみ出している。

切らなければ...と思いつつ見ると、小さな実が少しばかりついて、葉っぱとともに秋の色になっていた。
  
posted by Sachiko at 22:01 | Comment(0) | 自然