2019年05月18日

おとめ座の話

春はあまり夜空に目が向く季節ではない気もするが、今の時期は南の空に、おとめ座のα星スピカが輝いている。
そして今日は満月(正確には明日の朝6時頃。明日の夜より今夜のほうが満月に近い)。

白く輝くスピカは、いかにも清らかな印象を与える。
おとめ座のかたちは、女神が横たわっている姿で、スピカは手に持った麦の穂の位置にあたる。

昔どこかで聞いたのはこんな話だった。
遥か昔、まだ人間と神々は地上で共に平和に暮らしていた。しだいに人間が欲望をつのらせ、地上が荒れていったために、神々はひとりずつ天に帰っていった。
純潔の女神アストライアが最後まで地上に残っていたが、やがて彼女も天に上っておとめ座になった....

一般には、星図に描かれているおとめ座は、豊穣の女神デーメーテールだと言われている。

おとめ座といえばもうひとつ、近隣の銀河が集まったおとめ座銀河団、そして幾つかの銀河団がまとまった更に大きなおとめ座超銀河団を思い起こす。

地球がある銀河系は、おとめ座超銀河団の端にある。
言葉としては理解できるのだが、このくらいのスケールになると、もう大きさのイメージがついて行かない。
いったい宇宙はどんなことになっているのか、それらはほんとうにあるのか....?

豊穣の女神の話に戻ると、デーメーテール(Demeter)の名は、世界一厳しいオーガニック基準と言われるドイツのデメター認証の名前にもなっている。
これはシュタイナーが提唱したバイオダイナミック農法に基づくもので、デメター認証のコスメは日本でも手に入るが、食品は難しい。

一時、デメター認証のスペルト小麦粉が手に入ったことがあり、ほんとうにおいしかったのだが、輸入業者が取り扱いをやめたようで、今では幻になってしまった。
…少し話が逸れた。麦の穂はスピカに戻そう。
  
posted by Sachiko at 22:08 | Comment(4) | 宇宙
2019年05月17日

ナナカマド

街路樹のナナカマドの白い花が咲いている。

いち早く紅葉する秋や、雪の中で赤い実が映える冬に比べると、この時期のナナカマドはあまり注目度が高くない。
どこにでもある木だと思っていたが、冷涼な気候を好むため、本州では高地でなければ育ちにくいそうだ。

排気ガスにも強く街路樹に多く使われているが、あまりに早く8月から紅葉してしまうのも排気ガスの影響だろう。

古代ケルトでは、ナナカマドは魔法の木であり生命の木、ドルイドに最も愛された木だった。スカンジナビアでは雷神トールに捧げられた木でもある。

白い房状の花はニワトコの花に似ていて、お茶が作れるという。こういう形の花はお茶に向いているのか、木ではないけれど、ハーブのメドウスイートの花も甘い香りがして、お茶にしたり飲み物の香りづけに使われる。

フィンドホーン・フラワーエッセンスでは、ヨーロッパナナカマドのテーマは「赦しと和解」で、過去を赦し、古傷を癒してより高い調和へと導く。

ナナカマドのディーバからのメッセージもある。

「…自然の法則を守るように、私たちはあなた方にお願いします。自然の法則とは神の法則であり、大切な意味を持っているからです。…それに同調してください、そうすれば、世界は正気で喜びに満ちたものに戻ることでしょう。」(ドロシー・マクレーン「樹木たちはこう語る」より)

ひとつの木に、たくさんの物語、そして治癒力。
ナナカマドに限らずどの木でもそうだ。それほど、木々はかつて人間と親しく、木々と暮らす世界は豊かだったのだ。

そういえば、ゲド戦記第3巻「さいはての島へ」の第1章のタイトルは「ナナカマド」、王子アレンの真の名前レバンネンは、ナナカマドという意味だった。
  
posted by Sachiko at 22:25 | Comment(2) | 自然
2019年05月15日

一周年

HP開設に伴いこのブログも始めてちょうど1年、停電とお正月を除き、ほぼ日刊で書いてきたけれど、これは月1ペースで更新のブログなら30年分だな...と思い、無理せずこの辺で少しペースダウンしようと思います。
少しばかりゆっくりおつきあいください。

今日はこれだけではつまらないので、以下、ウルスラ・ブルクハルトの別の本「Elementarwesen Bild und Wirklichkeit(元素霊 イメージと現実)」の冒頭に載っている短い詩を...
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光小人の歌

光のともった
ランプは小さく
暗闇は濃い
我らはまだ
天使のように
大きく輝けない

ともった光は
つつましやかに
地球の中に
軌跡を描く

小さな明かりしか
ともせなくても
我らはすでに、光
やがて暗い時を超え
地平から昇る
太陽のように
  
posted by Sachiko at 22:00 | Comment(2) | 未分類
2019年05月14日

妖精たちへの道

「カルリク」の英語版の出版元は、Floris Booksというスコットランドの出版社だ。
HPを見に行ってみたら、自然関連などの、心惹かれる本がたくさんある。(欲しくなったが、たぶん読み切れないだろう。)
自然霊たちや、自然界への新しい関わり方を扱ったこの種の本は、日本ではとても少ない気がした。

日本の妖精研究の第一人者である井村君江氏の本は、私も好きで何冊か持っているが、こちらは民俗学や文学、芸術作品における考察が主で、やはり分野が違う。

もちろん私はそういう分野での妖精の話も大好きだ。民間伝承や芸術作品に描かれてきた妖精たちは、元は古い時代の人々が体験したことに基づいているのだろうから。

私がますます確信していることは、人間以外の存在−目に見えるものも見えないものも−がいなければ、人間は人間だけでは生きていけないし、ほんとうの人間でいられないということだ。

遠い星々や、天界の高次存在たち。地球の動物、植物、鉱物、生きた土、生きた火、生きた水と生きた空気。そしてそれらを通して表れる自然界のスピリットたちのはたらき。
人間の生活はそれらに負っている。

それらすべてを破壊し尽くした後で、一部の人が火星に移住したり核シェルターに避難したところで、もはや人間を人間たらしめるものが存在していないのなら、空しい。

以前の記事「自然存在−忘れられた友だちからのメッセージ」(2019.3.19付)に出てくるマルゴット・ルイスの言葉を別のところで見つけたので少し紹介しておく。

「あなたはこの地球に、できるだけたくさんのお金を稼ぐために、たくさんの物を買うために、他人に印象づけるために、来ているのではありません。
あなたには全く違う目的があるのです。でもあなたはそのことを忘れています。思いだしてください!」
   
posted by Sachiko at 21:59 | Comment(2) | 妖精
2019年05月13日

カルリクとの長い旅

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

本の最後で、ウルスラはこう語っている。

「私たちが人生をいっしょに過ごすことで、私の中ではいつも新しいことが起こります。ともに歩く道は、日々と季節のサイクルを通じて、私に力強さと自信とを与えてくれます。

与えることと受け取ることは、互いのあいだで生き生きと循環し、それが私たちの在り方なのです。仕事のために度々離れたとしても、私たちは変わらずにしっかりとつながっているのです。」


この小さな本の初版は1987年で、当時ドイツ語圏ではベストセラーになったらしい。それから30年も経った2017年にこの英語版が出ている。

これはウルスラ・ブルクハルト個人の体験談だが、同時にこれから起こり得る未来の在り方を指し示しているように見える。
自然界の霊的存在たちは人間の意識を必要としているし、人間もまたそうなのだ。

彼らの存在に意識を向けた時、外的な何かによるものではない不思議な力づけや確信が静かに満ちてくるのを感じたなら、きっと彼らはそばにいる。

「Karlik−Encounters with Elemental Beings」は、これで終わる。
(ウルスラ・ブルクハルトの本は手元にもう一冊あるので、これもいずれ少しずつ紹介できればと思っているが、こちらはドイツ語版....(>_<;)
   
posted by Sachiko at 21:35 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト