2019年04月03日

イメージを形にすること

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。


ウルスラが作った蝋人形を見た人たちは、それはノームだと言った。そのように、人々はノームのイメージを持っている。

けれどウルスラが語る実際のノームは、測定できる大きさを持たず、目には見えず、触れることもできない。場所をとらず、場所というものに拘束されない。
にもかかわらず、彼女はそれを自分の体験の表現として形づくることを試みた。

元素霊を描写しようとするとき、まるでそれが希薄な物質であるかのように想像すると、人は誤りやすい。それは霊的ではなく、幽霊のようなものになってしまう。

7歳の少年とのエピソードが語られている。
彼女は少年に、小さなノームの蝋人形を渡した。彼は頻繁にノームと話をして、あるとき母親に言った。
「ママは知ってるよね、これはただの人形だよ。ほんとうのノームは心の中の向こう側にいるから、ぼくたちは会えないんだ」

少年はイメージを通して、見えない向こう側に住む者と自分自身をつなげることができた。
大人はそのように自然に、イメージと“存在”を見分けるのは難しいだろう。大人は、自分たちがすでに知っている情報を即座に持ってきて当てはめてしまう。

「わたしたちは、共感的な知覚を日々訓練しなくてはなりません。それは、生きて成長するもの、自然界の見えないはたらき、そして霊的存在たちの隠された世界との出会いを導く力となります。」


イメージと存在の本質を見分けること....
これについては、「天使体験」の話を思い出す。ほんものの天使体験談には、絵に描かれたような姿 − 白いローブに白または虹色の翼 − をした天使を見たという話はほとんど出てこない。

翼の生えた天使のイメージは一般的なものとして「すでに知っている情報」なので、天使の存在を信じない人でも、その姿を描くことはできる。
でも天使存在の本質を体験したときには、イメージという姿がなくても、それが天使のはたらきだとわかるらしい。

元素霊も、そういうことなのだろう。物質界に質量のある姿を持たず、空間的な場所にも拘束されない存在を描写する試み...
そして、彼女が作った姿は人々からノームだと認識された。
ウルスラはおとぎ話の挿絵などを見たことがないのだから、その姿は、元素霊の体験から導きだされたものだったのだ。
 
posted by Sachiko at 21:50 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト