2019年04月10日

カルリクに会う

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

元素霊たちとともに為す仕事を人々にわかってもらえない無力感や、自分自身への疑い、日々の仕事の困難さなどから、ウルスラは病気になってしまったが、そのことは彼女に時間と静けさとをもたらした。

足浴をしようとしていた時、彼女は湯桶の縁にノームのような存在がいるのに気がついた。彼はそれ以前に会った存在とは違って、新鮮で力強く、若芽のように柔らかく、太陽の光に満ちている感じがした。

「私はあなたと一緒にいる」と彼は言った。長い年月を経て、彼らはより親密な生涯の仲間のようになった。まるで結婚しているかのように。
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「彼は私のそばにいますが、いつもいくらか謎めいています。私たちはお互いについてすべてを知っているわけではありません。
それぞれがお互いの本質と個性を保ちながら、ひとつの実体のように結びついています。私は彼の名前を知りません。それは暗黙の秘密のひとつです。」

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名前は、彼女が湯桶の縁にいる存在を感じて「カルリク!」と叫んだことに由来する。それはロシアの言葉で「ノーム」だった。
その名前は彼の気に入り、人間界での彼の呼び名となった。

彼らはいつも互いを思い、互いに見つけあい、浸透しあい、話し合う。会話は思考や感情の内側でなされるので、それを他の人たちが聞くことはない。
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「ときどきカルリクは『座って、楽しもう』と言います。元素霊たちは自分自身を楽しむことを重要な活動と見なしています。私たちは、世界の中で真実であり、美であり、善である全てのものへの感謝のうちに自らを明け渡します。そして、そこから新たな強さと、まだ善や真や美ではないものも、やがてそうなれるという確信を得るのです。」

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彼女は、座って楽しもうというカルリクの助言を他の人々にも勧めたが、彼らの返事は「そんなことをする時間がない」だった。
カルリクは言う。「「人々は、苛立ったり、誰かや何かに文句を言う時間はある。だからこそ彼らは楽しい時間を過ごす必要があるのだ」


カルリクが登場してから、本の内容は一気に深まってくる。いわゆる「ノーム」の概念にはあてはまらないように見える、不思議な存在だ。

「彼」と呼ばれているけれど、元素霊に性別はあるのだろうか。
イメージとしては、ノームは男性的で、シルフやウンディーネは女性的に感じる。これも、古いおとぎ話に描かれているイメージと同じだ。

古代の人々が見ることができたこれらの存在たちを、多くの普通の現代人はもう知覚することができないだけでなく、彼らを実在として信じようとしない。
そのために元素霊たちが苦しんでいるという話が、「イースターの秘密」(ハンス=ヴェルナー・シュレーダー著)という本に出てくるが、そのことはこの「Karlik」の中に詳しく書かれていた。
続きはまた明日....
 
posted by Sachiko at 22:10 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年04月09日

駆けてゆく春

春がスピードを上げはじめた。
明日からは最高気温が2桁になるようだ。と言っても、他の地方ではこれでも冬の気温かもしれない。

雪はすっかりなくなり、チューリップの芽は葉っぱになった。

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植えた覚えがないのに咲いているクロッカスいろいろ。
風で球根が転がってきたり、種が飛んできたりして、いつの間にか知らない花が咲いていることはよくある。それも楽し。

crocus.jpg

ライラックの芽もまもなく若葉になりそうで、枝先にはもう小さなつぼみがついている。

lilasprout.jpg

古いドイツ語では、季節を表す言葉は、夏と冬の二つしかなかったそうだ。短い夏と、長い冬。

温暖化の影響で、季節感もずいぶん変わった。
昔は根雪の終わりは4月半ば過ぎだったのに、それも1か月くらい早くなっているし、初雪は1か月くらい遅くなっている。冬が2か月も短くなっているじゃないか!

寒く長い冬を超えて訪れる春には格別な輝きがあったのだけれど、近年は、えっ、もう春...?と、なんだか物足りなく感じるのはそのせいだったか...

それでもこの時期は、草木の様子は一日ではっきりと変化する。見逃せない毎日なのだ。
 
posted by Sachiko at 21:27 | Comment(2) | 季節・行事
2019年04月08日

〈根の精〉

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

元素霊の世界から助けが来なかったなら、別次元の飛行や乖離した状態によって、彼女は病気になるところだったが、奇妙なノームのような形の堅くねじ曲がった根を手で感じることで、固さのある世界に降りてくる。

頑丈でねじ曲がった姿の根の精は、はっきりと語りかけてきた。それは心地よいものではなく、ぶっきらぼうにこんなことを言った。

「飛びまわるのをやめろ!おまえは妖精ではない、降りろ!我々にはそれぞれの役目がある。地球のためにすることがある。憶えておけ!」

根の精との出会いは目覚めを引き起こし、彼女は妖精たちの世界から距離を置く必要を感じた。
今回は子どもの時のように大人たちから禁じられたからではなく、自由意志からそうしたのだ。

そして、「トリップ」から離れて外界と日常生活に関わり、この地球での自分の役割に向かって歩みはじめた。

やがて根は乾いて枯れてしまったが、彼女は根を持たずに話をすることができた。根の精の仕事は為され、彼は別れを告げた。
「私をおまえの中に住まわせるように、そしておまえには根が必要であることを忘れないように」

彼女は飛行の翼の代わりに、重さを感じることとなった。
根の精は、力強く、硬く、目覚めて、彼女の中に住み続けた。


これも不思議な出来事だ。地球のために、それぞれの役割がある...

シュタイナーの妖精論に出てくるノームや他の元素霊たちの性質と、物質体を持たない彼らをどのように認識するかについての記述は、ウルスラが言っていることとほぼ似ている。

ノームたちは、極めて知的で賢く、覚醒している。人間の内面は、彼らによって観察されているという。
彼らは、共に働くために、人間たちの準備ができるのを待っているのだ。
 
posted by Sachiko at 23:01 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年04月07日

内と外のバランス

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

元素霊たちの素晴らしく魅惑的な世界が明らかになるにつれて、ウルスラは、そうしたことに興味のない人々のあいだで孤独を感じるようになっていった。

そして見えない世界の存在たちとますます深く関わっていくと、「飛ぶ」ことができた。身体をこの世界に置いたまま、そこから霊的な世界へ飛んだのだ。
それは危険を伴うもので、若者が薬物によって行う「トリップ」に似ていた。

ある本に、盲目であることはドラッグのような作用をし得るという記述があるそうで、ウルスラはそれを的確なコメントと言っている。
外界が見えないことも作用して、その頃の彼女は完全に内向きになり、バランスが崩れてしまったのだ。

ウルスラは、そのトリップのあいだ、妖精やエルフたちの世界にすっかり魅了されていたようだ。そして、「飛ぶ」ことによって心がどこかへ行って病気になるところだったが、元素霊たちの世界から、助けがやってきた....


内界と外界のバランス....
外界を見る視覚が使えないことによって起こり得ることは、一般にはわかりにくい。
暗闇体験のワークショップというものもあるらしい。それによって通常の意識とは違う気づきが起こるのだろうか。

個人的には、以前森の中の小屋で完全な暗闇を体験したことを思いだす。そう長い時間ではなかったが、混乱した。
その時の私には妖精の世界などは見えず、パニックになりかけただけだったが、たしかにバランスを失ったのだと思う。


ウルスラのところへやってきた助けは、〈根の精〉だった。(この訳語が適切かどうか....元はroot-manという)
続きは明日....
 
posted by Sachiko at 22:17 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年04月06日

蕗の話

裏のふきのとうはすっかり大きくなってしまった。
「ふきのとう」は英語でなんというのか調べてみたが、ぴったりしたのが一語では出てこない。

Butterbur Sprout とか、butterbur scape とか、butterbur shootとか...

でもこれでは、ちょうど食べごろのあの状態を指すものかどうかわからない。蕗そのものが、あまりメジャーではないか、そもそも食べないのだろう...と調べてみたら、蕗は日本原産だった。

蕗の近縁種はヨーロッパにもあるようだ。
蕗の大きな葉っぱや長い葉柄は絵になりやすいのか、妖精が出てくる絵本にはよく登場している。

アンジェリカとかルバーブとか、見た目が蕗に似ているものもあるが、これらはそれぞれ科が違う。
蕗はキク科、アンジェリカはセリ科、ルバーブはタデ科だ。

何でも、それそのものを一語で表す言葉を持っているのが日本語の多彩さだと思う。ふきのとうも、“蕗、の、薹”ではなく、一語で「ふきのとう」なのだ。

蕗は butterbur か....
ん?バタバー....聞いたことがある、懐かしい響きだ。

「指輪物語」の最初のほうに出てくる、粥村の宿屋「踊る仔馬亭」のおやじ、バーリマン・バタバー氏!

粥村の人たちは植物的な名前を持っているようで、ここに(バタバーさえ、いうまでもなく蕗のこと)と書かれている。
このバタバー氏の宿屋でフロドたちは、野伏の姿をしたアラゴルンに最初に会ったのだった。

話が飛んでしまったが、蕗のかたちは何とも魅力的で、たくさん生い茂った葉の下には、やはり何ものかがひそんでいるような気がする。

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<ふきのとうの頃> https://fairyhillart.net

fukifairy.jpg
 
posted by Sachiko at 21:35 | Comment(2) | 自然