2019年04月15日

イースター・春を祝う

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

イースターシーズンのお祝いではたくさんのダンスが踊られる。妖精たちが輪になって踊るさまは特に美しい。踊りと音楽によって、妖精たちは花のかたちを作りあげる。
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「妖精たちの輪舞は彼らにとって真剣な遊びであり、彼らの仕事の成就なのです。」

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彼らは春の満月と素晴らしい日の出の到来を祝う。元素霊たちの自然の音楽は、夜明けとたそがれの歌を歌う小鳥たちを指揮する。「人間もそれを聞くことができるのだよ!」カルリクは喜びに満ちてそう言った。


人間界では両極に見える「遊び」と「仕事」は、元素霊や妖精たちの世界では、同じものなのだ。

ヨーロッパ系言語では、遊ぶのもスポーツをするのも楽器を弾くのも劇を演じるのも、同じ言葉だ。(play、spielen...)
遊び、暮らし、仕事。人間世界ではバラバラに分離してしまったこれらは、本来一体だったのではないだろうか。

元素霊たちの祝祭は、起こることや為すことのすべてが祝われ、喜びのうちにひとつになった姿に見える。


今年のイースターは4月21日。

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posted by Sachiko at 20:59 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年04月14日

野菜のお祭り

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

「祭は種だ」とカルリクは言った。
「祭から新たなものが生まれ、その中に次の祭のための輝かしい善なるものを含んだ種が生まれる。」

カルリクは特に植物の祭が大好きだ。ノームたちにとって、祭を祝うことと働くことはひとつである。彼らは自分たちの仕事を愛し、祝祭は彼らにとって創造的な活動の頂点なのだ。

それぞれの種類の植物はそれ自身の心を持っていて、ノームたちは各グループの祭をまとめる。彼らが協力しあっておこなう仕事の喜びは、地球のために働くすべての元素霊たちの上に拡がっていく。

カルリクは野菜のお祭りが大好きで、人間の健やかな幸せをとても気遣っている。
彼はウルスラの手を導き、鍋の取っ手の上に楽しげに座って、彼女がお客をもてなすための料理を作るのを手伝ってくれる。
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「料理する前に、私たちはテーブルの上に野菜をきれいに並べて、そのさまざまなかたちを愛でます。カルリクは野菜の周りで踊り、光の手で野菜たちを撫でて祝福し、人間の栄養となるように差しだします。それから初めて、私は料理の準備に取り掛かるのです。

この台所仕事には、なにか晴れがましいものがあります。もしも主婦が自分の仕事を軽蔑するなら、彼女たちはカルリクを傷つけることになります。」

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料理の前の、野菜たちとの儀式は素敵だ。
たしかに野菜の色や形は多彩で、目に美しく、愛でるに値する。お祭りによって祝福された野菜はおいしくなって身体にもいいだろう。

この野菜祭は日常の中でもできそうだが、今は多くの人が「そんなことをする時間はない」と言うかもしれない。
でもきっと、カルリクの仲間が踊って祝福した野菜で作る料理と、冷凍食品を電磁波で温めたものとでは、まったく違う質を持つはずだ。

現在の科学で物質成分を分析しても違いはわからないだろうが、こうした目に見えない“質”の違いは、やがては個人の生活だけでなく、地球全体に波及する気がする。
  
posted by Sachiko at 22:17 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年04月13日

青い花

今日は今年最初のモンシロチョウを見た。
早春の小さな青い花が咲き始めている。
(左:チオノドクサ、右:シラー・シビリカ)

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青い花といえば、ドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリスの「青い花」を思い出す。

小学校6年の時、遠縁のおじさんが家に来た際、おみやげに少女向けの雑誌をくれた。実際にはそれは当時の私よりもう少し上の、10代半ばくらいの少女が対象のようだった。

楽しく読んだのだが、中身はもうまったく覚えていない。唯一覚えているのが、「夏休みの読書におすすめの本」という記事で、その中にノヴァーリスの「青い花」があったのだ。
他にどんな本が薦められていたのかも全く覚えていない。

私はこの「青い花」に惹かれて図書室で探したが見つからなかった。それはそうだ、小学生が読む本ではない。その後もずっと見つからず、読んだのは大人になってからだった。全集に入っていたものだが、岩波文庫からも出ている。

原題は「ハインリヒ・フォン・オフタディンゲン」で、中世ドイツの伝説の詩人の名を主人公の名前にしている。
物語では、テューリンゲンの青年ハインリヒが、夢で見た青い花に激しく心を動かされたのち、母の郷里アウグスブルクへ旅に出る。旅の途上で出会った人々から詩の世界に引き入れられ、やがて恋人となる少女マティルデに出会う....

テューリンゲンには、ヨハネ祭の日に山上で幻の青い花をみつけると、その下には宝が埋まっているという伝説があるという。

ノヴァーリスは最も純粋なロマン派の詩人で、わずか29歳で世を去った。最期は弟が弾くピアノを聞きながら、友人シュレーゲルの腕の中で息を引き取り、シュレーゲルは、人間がこんなに美しく死ねるものかと驚いたという。
夭折したため、「青い花」も未完である。


純粋な青い花は少なく、たいていは少し紫がかっている。純粋な青は、天界の色らしい。
ブルーローズやブルームーンなど、「ありえないこと」や「ごく稀なこと」を指すのにブルーが使われたりする。

空や海など、一面の青があるところには、神の力がはたらいているという。美しい青い花があったら、それは天の力の一片なのだろう。
 
posted by Sachiko at 21:36 | Comment(2) | ドイツ関連
2019年04月12日

祝祭

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

人間は間違いを犯し、それは痛みをを引き起こす。
人間は自分のせいで苦しみ、そのことは目に見えるものや見えないものすべてに及んでいる。

ウルスラはそれに気づいて落ち込み、恥ずかしく思い、許しを求めると、スピリットの世界の別の領域が開かれ、彼女は地球で何が起こるのか、どう準備されているのか、すでに起こったことが今後どうなっていくのかを体験した。

すべての光のまわりには、威嚇するような影と激しい戦いがあった。地上で見えるものはすべて、見えない向こう側で形成されている。霊的な世界は、日々の悩みから逃れるための避難所や別荘のようなものではなかった。

自分は何をすべきなのか、どのように成し遂げることができるのか、彼女は自分自身に問うた。
そのことについてカルリクとは話さなかったが、答えはやってきた。

「あなたは喜びをもって祭りを祝わなくてはいけない。その方法も見つけるだろう。」

祭りを祝うというこの答えは、いくらか思いがけないものだった。

「もちろん、もう誰も楽園に住むことはできない。それでも祭りは思い出であり、楽園の輝きなのだ。人々は新しい生き方をすることができる。彼らはそうなれる。あなたは闇を受け入れることができるだけだ。そして何度も何度も、光に向かうたびにそのことを担っていくように。忘れないで、光の中には変容の力があるのだから。」
カルリクはそう言った。
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「人間のお祭りは往々にして空疎で厄介です。多くの人は事前にあれこれ気ぜわしくしておきながら、その特別な日が過ぎても何も起こらなければがっかりします。ノームたちの祭りは、力の湧き出る泉であり、喜びと感謝の表現なのです。」

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地球と人間と、人間以外の目に見える存在や見えない存在たち、そのすべてを健やかにする方法が、祭りを祝うこと!

多くの場所でたぶん、ほんとうの祭りと呼べるものは失われている。商業主義に操られたり観光資源になったり、本来の根から離れて形骸化してしまったり、あれやこれや...

鍵は「喜び」。これは、有識者という人々が問題を捏ね回してもけっして思いつかないだろう。
この本の〈祭り〉の章は楽しい。見えないスピリットたちとともに祝うとき、祭りは本来のいのちを輝かせるのだとわかる。
  
posted by Sachiko at 22:02 | Comment(3) | ウルスラ・ブルクハルト
2019年04月11日

元素霊と人間たち

ウルスラ・ブルクハルト「Karlik−Encounters with Elemental Beings」から。

カルリクと彼の仲間たちは、笑い、踊り、自分たちの働きに満足している。彼らの幸福には真剣さと目的がある。
地球上で起こることについて、カルリクは繰り返しこう言った。

「あなたが理解し、我々と協力するなら、地球上の多くのものは健康を回復することができる。地球は明らかに年を取っているが、あなたがたが賢明に扱うなら、彼女はもう少し長く生き続けられるだろう」

人間の行為はノームたちを苦しめている。
人間はもっともっとと所有したがり、自然の法則よりも利益や収益が重要だと思っている。自分たちのことばかり考えすぎて、自然界の他の領域にいる兄弟姉妹のことを忘れてしまった。
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「カルリクとその仲間たちは、単に人間の愚かさのためだけではなく、彼が「目に見えない大戦争」と呼んでいるものによって苦しんでいます。もはや助けあうことのできない人々、もはや真実や美や善に喜びを感じられなくなった人々による、元素霊たちに対する戦いです。」

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カルリクは語る。元素霊たちは、人間の温かい思いや自然の中での祈りや感謝を受けられずに飢えを感じている。人々は自然から取るばかりで、元素霊たちが必要とするものを与えない。

ウルスラが元素霊たちについて人々に話すとき、よくこんなことを聞かれるという。

「自分のところの農作物の収量が増えるようにしてもらうことはできるだろうか?」

「薬草の効果を上げて私がまた元気になるようにしてもらえる?」

「おとぎ話のように、彼らに私たちの仕事を代わりにやってもらえないだろうか?」

そのように、人々は利益を期待する。逆に、人間が彼らのために何ができるか、テクノロジーの進歩について彼らがどう感じているかなどを尋ねる人はめったにいない。

さらに、人智学を学んでいたグループでの出来事が書かれている。そこで当時、東西の冷戦とそれぞれの持つ核兵器のことが話されていた。
あるメンバーが、双方が核兵器を持っていることでバランスが保てるという考えを表明した。

ウルスラは、そのようなバランスよりも、私たちのテクノロジーが自然界や元素霊たちにどのような影響を与えるのかを考慮すべきだと言ったが、返ってきた答えは「人間はそんなに神秘的であるべきでない」というものだった。

彼女はそのとき、カルリクがひどく傷ついているのに気がついた。彼は苦しみ、より小さく繊細になったように見えた。
その後長いあいだカルリクは弱ったままで、人間なら病気といえるほどだった。
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「共に同じ苦しみを抱くことによって、私たちの友情は深まり、生涯にわたる仲間となりました。そのように本当の愛は、異なる世界の存在同士をも結びつけることができるのです。」

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地球自然界に対する「見えない大戦争」を起こしていることに、多くの人々は気づいていない。
「もはや真実や美や善に喜びを感じられなくなった人々」という言葉からは、まさに崖っ淵に立ってしまった人間の状態を感じる。

美しいもの善なるものに喜びを感じられないのなら、いったいそれに代わるどこにほんとうの喜びがあるのだろう。

自然界の他の領域にいる兄弟姉妹は、おとぎ話の世界に追いやられたままだ。彼らとともに笑い、踊り、また一緒に暮らせたなら、人間は、今は想像もできない喜びに満ちて生きることができるだろうに。
それは彼らも同様なのだ。彼女はこのように言っている。

「誰かが元素霊たちの生命の世界にまったく私心をもたずに加わりたいと思うなら、カルリクは幸福に光り輝くのです。」
  
posted by Sachiko at 21:59 | Comment(2) | ウルスラ・ブルクハルト