2018年07月26日

グースベリーは夏の味

北海道ではグスベリとかグズベリとか呼ばれている。英語のGooseberryが訛ったのだ。

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ということは、開拓時代に外国から持ち込まれたのか、それとも自生していたのをお雇い外国人が見つけて「Oh! Gooseberry!!」と感激したのだろうか...?

昔からそこらへんに生えているものだと思っていたが、本州ではあまり知られていなくて希少果実扱いらしい。

透明感のある緑の実が、涼しげで美しい。
植えっぱなしで肥料もやったことがないのに、毎年たくさんの実をつける。こうした野生種からは、強い生命の力が輝き出ているのを感じる。

実際、折れた枝を無造作に地面に突き刺しておいても根付くくらい生命力は強い。枝には1センチほどの鋭い棘があり、気をつけていてもどこかに掻き傷をつくってしまう。

実にほんのり赤みが入ってくると食べ頃で、夏に最初の一粒を口に入れると、細胞が生き返るような気がする。とても酸っぱいのだけれど、改良種の甘い果物とは全く違う次元の何かがある。

酸味が強いので、一般にはジャムやコンポートにする。コンポートをパイ生地に乗せてクランブルをかけたシンプルなパイは、毎年いちどは食べたい、夏を感じる味だ。
 
posted by Sachiko at 22:06 | Comment(4) | 暮らし
2018年07月25日

季節の移ろい

我が家のぶどうがぶどうらしくなってきた。
例年、完熟しておいしく食べられるのは10月なので、これから2か月以上もかけて、ゆっくりと熟していく。

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ひとつの季節の中には、常に次の季節が用意されている。
木々は冬の眠りにつく前に、すでに次の春の新芽を用意し、咲く花の数さえ決まっているという。

はっきりした四季のある地域では、グラデーションのように季節の色合いが移り変わっていく。
今日は30度近くまで気温が上がり、少し蒸し暑かった。本州ではこのところ災害級の暑さだそうで、日本の四季のバランスがこれからも保たれていくのか心もとない。

それでも、季節の微妙な移ろいの中に現れるものたちを見つけるのは楽しい。
草のあいだで小さなバッタが跳ねている。こんなに小さい庭なのに、どこからやってきたのか数十種類の昆虫がいる。今年はまだトンボを見ていないけれど、とっくに飛び始めていい頃だ。
ほおずきが緑色の実をつけている。グースベリーも熟してきた。

初夏の花が終わって寂しくなったけれど、カラミンサが小さな白い花をつけはじめた。これは秋遅くまで咲く花だ。
地上で命を共有するちいさなものたちの、こうした変化を見過ごさずにいようと思う。季節はいつもあっという間に過ぎてしまうのだ。
 
posted by Sachiko at 22:11 | Comment(2) | 季節・行事
2018年07月24日

惑星勢ぞろい

夜8時過ぎ頃に外に出てみたら、惑星たちが壮観な並び方をしていた。

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東の空に火星、7月31日に地球に最接近ということで、今はとても明るい。
月齢11の月の左に土星、右側に少し離れて木星。
西の空には、ひときわ明るい金星。

こんな並びを見たのは初めてだ。明日は月が土星の左側に来てもっと接近するのだけど、明日の天気は曇りらしい...

地球の兄弟姉妹が勢揃いで、なにか大きなイベントでもあるのかな、ド〜ンと古い時代がひっくり返るとか...?などと少し期待してしまう、すばらしい星空だった。
  
posted by Sachiko at 22:23 | Comment(2) | 宇宙
2018年07月23日

いちばん美しい青空

昨日からの流れで、今日も空の話。
大林宜彦監督が昔こんなことを話していた。

「カラー映画の青空は、それが撮影されたその時、その場所の空だ。でもモノクロ映画の青空を見る時には、人は自分の知っているいちばん美しい青空を思い浮かべる。」

それを聞いて私が思い浮かべたのは、「ローマの休日」でオードリー・ヘプバーンがアイスクリームを食べている、スペイン階段の上に広がる青空だった。

モノクロ映画では、色彩を想像力で補完しなくてはならない。
空の色は、「その時、その場所」という限定されたリアリティを離れて、見る人それぞれの内界から取り出す。取り出してくる色は、それぞれのイメージ、思い出をまとっている。それによって、いちばん美しい空の色は作り出されるのだろう。

もうひとつ、古いフランス映画「自由を我等に」を思い出す。二人の囚人が脱走を企てる、コメディ仕立ての映画だ。塀の外に出たひとりが木陰の草の上に寝ころぶと、上には揺れる緑の枝が光を浴びて輝いている(緑と書いてしまったがモノクロだ)。

あの緑の枝葉は、ほんとうに美しかった。
モノクロという不完全さゆえに、見る人は内的な作業を行うことで、ある意味映画の完成に参加することになるのかもしれない。
自分の想像力をもって、完成させる....物語を読むという作業もそうだ。
あまりに技術的な外的完成度が高く、内面の作業を必要としない映像作品の場合は、私はよそよそしく感じてしまう.....
  
posted by Sachiko at 22:49 | Comment(2) | 映画
2018年07月22日

空の造形

今日の午後の雲。
鳥の羽根のようなかたちが空に拡がる。

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雲の造形は毎瞬描き変えられ、二度と同じ姿にはならない。
ふだん、どれほど多くの美しい空の姿を、気にも留めずやりすごしているだろう。なんだかもったいないことだ。


こんな話を何かで読んだことがある。シュタイナーだったと思うが、違ったかもしれない。

…空の雲はいつか遠い未来において、人間にその肉体を提供する用意がある…

ああ.....そうなのか?
ということは、その遠い未来には、今のような姿かたちをした人間はもう地上からいなくなっているのだ。

その頃、雲が見下ろす地上はどんな様子をしているのだろう。
それでも“人間”という存在そのものは、いなくはならないのか.....

そして、遠い未来に人間が住むことになるのなら、今現在も、誰かがそこに宿っていても不思議はないのではないか....そんなことを思った。
  
posted by Sachiko at 21:39 | Comment(2) | 自然