2020年05月24日

カシオペイアの叡智

「モモ」(ミヒャエル・エンデ)より。

モモはカメのカシオペイアに導かれて灰色の男たちの追跡から逃げ、マイスター・ホラの時間の国にたどり着く。
カメのあとをゆっくりゆっくり歩いているのに、灰色の男たちはモモに追いつくことができなかった。

カメは追っ手がどこに現れるかを前もって知っているようで、その場所を避けながら歩くことができたのだ。
時間の境界線地区では、カメはもっとゆっくり歩いているのに、自分たちがとても速く前に進むことにモモは驚く。
・・・・
二度目にこの場所に来たとき、モモはカシオペイアに言った。
「もうちょっと早く歩けない?」
「オソイホド ハヤイ」


ミヒャエル・エンデと河合隼雄の対談の中に、「モモ」の時間の話が出てくる。

「時計で測れる外的な時間というのは人間を死なせる。内的な時間は人間を生きさせる。」(エンデ)

灰色の男たちが時間を節約させることで、実は人間の内的な時間が枯渇してしまう。
カシオペイアの背中に出てくる「オソイホド ハヤイ」は、内的時間と外的時間の関係性の話なのだ。

対談の中では、河合隼雄が「遅れの神さま」という不思議で心惹かれる言葉を持ち出す。
元は、大江健三郎の小説に由来して河合隼雄が名付けた言葉のようだ。

「・・・その小説の中で一番大事なところは、智恵おくれの子どもさんが言う言葉なんです。
私はその子の言葉から、現代世界に大切なのは、「遅れの神」ではないか、みんなそれを忘れていると思ったのです。
亀というのはまさに、「遅れの神」のシンボルですね。」


マイスター・ホラの言葉によれば、カメのカシオペイアは時間の圏外で生きていて、自分の中に自分だけの時間を持っている。
大切な、遅れの神の叡智をたずさえて。

できるだけ早く効率的に!という現代世界の狂騒の後を、ゆっくりとニコニコしながら歩いて行く神さまの姿が浮かんだ。
  
posted by Sachiko at 22:27 | Comment(0) | ファンタジー
2020年05月22日

野のすみれ

家の裏にすみれがたくさん咲いている。
種類はわからない。北海道には数十種類の野生のすみれがあるという。
私が植えたのではなく、いつの間にか咲いていた。

veilchen.jpg

花が終わるとたくさんの種を飛ばし、地下茎でも殖える。このすみれはきっと、ここに家が建つ前からあったのだ。
地下茎がほんの少しでも残っていると、そこからまた芽を出し、そうしてそっと生き延びてきたのだろう。

一時、もっと強靭な植物(フキなど)に押されてかなり少なくなってしまったが、また盛り返してきた。
小さく可憐な姿ながら、野生種は力強く清々しい命の香りがする。

すみれを踏みそうになるとき思いだす、ゲーテのバラッド「すみれ(Das Veilchen)」は、小さなすみれの嘆きの歌だ。

羊飼いの娘が野原にやってくるのを見て、ちいさなすみれは憧れる。あのひとがわたしを摘んで胸に押しあててくれたら!
でも娘はすみれに気づかず踏みつけてしまった。
倒れてもすみれは喜んだ。あのひとに踏まれてその足元で死ぬんだもの・・・

この詩にモーツァルトが曲をつけている。
往年の歌姫エリザベート・シュヴァルツコップの歌で。


  
posted by Sachiko at 21:37 | Comment(0) |
2020年05月19日

日常の小さな不思議

とても些細なことだけれど、不思議な出来事があった。

昨日、お気に入りのティーカップのひとつにヒビが入っているのを発見....

仕方がない。使っていないマグカップがあったのを思い出し、それを使うことにした。が....しまってあったはずの場所にはない。
どこに置いたっけ?そのあたりを何度も探したが見つからない。

しばらく経った後、まったく何も考えずボーッとしながらある場所まで歩き、ボーっとしたまま扉を開け、なぜか見やすい手前側ではなくいきなり奥の暗がりを見た。
そこに、マグカップの箱があった。

なぜここに?その場所に入れた記憶が全くない。
「そうだ、ここを探してみよう!」という意図も持たず、なぜそこに歩いていったのかもわからない。

表層の意図が外れたところに、何ものかの作用がはたらく。
小さな日々の暮らしの中にも、何やら深淵に至りそうなことが転がっているものだ。
  
posted by Sachiko at 21:41 | Comment(2) | 暮らし
2020年05月18日

金色のパンとはちみつ

「モモ」(ミヒャエル・エンデ)より。

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金褐色にパリッと焼けた巻きパンが小さなかごにならんでいて、金色のバターの入った小鉢と、まるで液体の金のように見えるはちみつの入ったつぼもあります。
マイスター・ホラは、ずんぐりしたポットから両方の茶わんにチョコレートをついでから、身ぶりよろしく食事をすすめました。
「どうぞ、小さなお客さん、たくさん召しあがってください。」
・・・・
マイスター・ホラはそういうモモをにこやかにながめていました。じゃましないように気をきかせて、はじめのうちはなにも話しかけませんでした。
このお客が長い長い年月の飢えをいまいやしているのだということが、わかっていたのです。

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モモがマイスター・ホラの〈どこにもない家〉に着くと、食事のしたくが整っていた。モモはすっかりこの食事に没頭する。

長い長い年月の飢え....
これは肉体的な飢えではないだろう。
モモはまだ子どもで、地上でさほど長い年月を生きていない。

誰にとっても、ほんとうの人生の目的は、この地上の人生には収まりきらないようにできているのだそうだ。

そのため、よほど地上生活に埋没しているのでないかぎり、どこかに地上で得られるものだけでは埋めることのできない空洞ができる。

マイスター・ホラの腕に抱かれて、モモは咲いては散る時間の花を見る。その香りはモモに、何かわからないけれどずっと憧れつづけてきたものを思い起こさせた。

モモの飢えは、ふつうの人が来ることのできないマイスター・ホラの家で満たされる。
金色のパンとはちみつとバター、熱いチョコレートの、簡素なのに特別な食事によって。
  
posted by Sachiko at 22:39 | Comment(2) | ファンタジー