(レベッカ・ボンド作)

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アントニオ少年は、森の中の小さな町に住んでいた。
近くに子どもがいなかったので、アントニオの友だちは、おかあさんがやっているホテルで働く大人たちだけ。
ホテルの周りは深い森で、森のさらに奥にはたくさんの動物たちが住んでいる。
アントニオが5歳の夏、日照りが続き、森は乾ききっていた。
ある日山火事が起き、たちまちあたりに燃え広がった。
もう、逃げるところはみずうみしかない。
町のすべての人がみずうみに入った。
やがて火が迫ってくると、森から動物たちが逃げてきた。
キツネやウサギ、ヤマネコやアライグマ...
オオカミ、シカ、ヘラジカ...クマまでも。
小さな動物や大きな動物、みんな次々とみずうみに入った。
動物も人間も、みんな触れあうほど近くに立っていた。
どのくらいの時間がたったのか、アントニオにはわからなかった。
やがてとうとう山火事はおさまり、人間も動物もみずうみを離れることができた。
ホテルは奇跡的に燃えていなかった。
アントニオは、あの山火事のことをずっと忘れなかった。
人間と動物をへだてていたものがなくなっていた、あの夏のことを。
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アントニオは作者の祖父の名で、この話は祖父から語り継がれたものだそうだ。
みずうみが、人間と動物のいのちが助かる唯一の場所になった時、それぞれを隔てていたものがなくなった。
いつもなら、狩るものと狩られるものだった存在も、隣りあってそこにいた。
山火事のあいだ、みんながどこか遥かな別の次元に移されたような、肉体の耳には聞こえない和音のもとにひとつになっているような、不思議な厳かさだ。
山火事がおさまったあとは、人も動物も、またいつもの暮らしに戻ったことだろう。
「生きとし生けるものすべて」という言葉がふさわしい、いのちを共有しているものどうしの共振。
それは幼いアントニオ少年に深い刻印を残し、その子孫にまで伝えられたのだ。
ほんとうに体験された物語は、力づよく響き続ける。